それから半年後、散歩中に山内氏と久し振りに出会った早川は彼を近くの喫
茶店に誘う。半年前の「町内会の仕事は続けるつもりだった・・・」という彼の一言
がどうも気になっていたからである。
「町内会としては結果として経理部長を置かなかったけれども、小谷東5分会
長が兼務して、先田総務部長の下で経理を担当しているらしいね」
と早川は彼が関心を持っている話題に話を向ける。
「そうらしいね、理事の数が少ないのかもしれないが、経理部長を置くまでもな
いと言う事でしょうか?」
山内氏はどここから情報を得ているのか、町内会の現在の事情に詳しい。
「そんな回りくどい方法を取らなくとも、経理部長兼務にすれば三役がそろい規
約違反にもならないし、彼も活かされると思うんだが・・・下積みをしなきゃ偉くし
ないというのは足入れ結婚と同じく封建的な発想だよ」
と早川が言うが、経理副部長からスタートした山内氏は、この件についてはコ
メントしない。
「ところでさ、この前会った時に、あたなは『町内会の仕事は続けるつもりだっ
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た』と言っていたんで、どうもそれが気になってね・・・」
早川が本題に舵を取る。
「いや、それはもういいんです」
山内氏はうろたえたように話をさえぎる。経理部長時代には坂本前総務部長と
理事会で意見が合わず、丁々発止をしていたから今回の役員改選に当たって裏
で何かあったのではと早川は思うが、山内氏は自分の本心をめったに明かさない
性格だから、それ以上聞くのはあきらめる事にした。
「一部の理事が権力を握り、反論する理事を脅して自分の言うとおりに使う。そ
れなのにほとんどの理事は町内活動に熱中しているように見える。家庭から見放
されたか逆に家庭を見放してか・・・身の置き所がなくて、格好の暇つぶし場とは
言え、何が楽しくて続けているのか・・・私にはどうにも分からないよ」
早川は思わず本心を吐露する。
「そのような人もいるかもしれませんが、中には純粋に社会に貢献したいと思っ
ている人もいるのではないでしょうか?そして『私は町内会の○○部長をやって
います』と誇りに思っている人もいるのではないでしょうか?」
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山内氏が反論する。
早川はがつんと頭を殴られたような気がした。彼は確かに社会福祉活動に精を
出したり、老人大学にも通っている。そういう真面目な人もいるのかもしれない。
(しかし、こういう町内会に長く住んでいると、徐々に体制に身を任せるようになり
はしないか?)
早川がこう思った時、
「あなたももう少し頑張って町内会を改革してくれれば良かったのに・・・」
山内氏が他人事のように呟く。
「残りの人生、後10年もないのにそんな面倒な事をやってられますか?自分の
ために生きなきゃ・・・ははは」
早川はそう言って彼と別れた。
♭ (2番) ハチのムサシは 死んだのさ
夢を見ながら 死んだのさ
遠い昔の 恋の夢
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ひとりぼっちで 死んだのさ
ハチのムサシは向こう見ず
(ハチのムサシは向こう見ず)
お日様めがけて 剣を抜き
たたかいやぶれて 死んだのさ
焼かれて落ちて 死んだのさ
ハチのムサシは 死んだのさ
たしかにムサシは 死んだのさ
やがて日は落ち 夕暮れに
真赤な夕陽が 燃えていた
「ハチのムサシは死んだのさ」 作詞:内田良平 作曲:平田隆夫
歌:平田隆夫とセルスターズ
(完)
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