翌日午後2時に、風間宅を訪問すると、加藤理事がすでに玄関前にいた。手に
は早川が先田副部長に先日手渡した東4B分会の書類袋を持っていた。
2人は応接間に招き入れられると、
「これまで東4B分会長をしていた早川さんです」
加藤理事が風間さんの奥さんに早川を紹介する。
(分会長になるのはいつも庭木を手入れしている気軽な旦那さんでなくて、気
難しい奥さんの方か?)
と早川は一瞬思うが、
「どうぞよろしく・・・」
と頭を下げる。風間さんは早川を見てもにこりともしない。
「そうですか・・・ところで誰が私を分会長に指名したのでしょうか?」
長い事教師をやっていたという風間さんが鋭く2人に問いかけてくる。しかし、
経過を知らない早川には答えようがない。経過を知っているはずの加藤理事も
答えない。何故早川が分会長を辞めたのか、そして何故北村副会長が兼務した
り元分会長の加藤理事がやらないのか、その理由を説明すると火の粉が自分
241
に降りかかる。
困った加藤理事は、
「それじゃあ、みなさんお忙しいでしょうから、引継ぎを始めましょうか?」
と早川に引継ぎを促す。
早川より少し年が上と思える風間さんはパソコンの扱いも慣れているようだか
ら、書類の説明も短時間で終わった。しかし、風間さんは引継ぎの途中で、
「私を分会長に指名したのは誰なんでしょうね」
と何度も言っていたのが気にかかる。風間さんの旦那ではなく奥さんを指名し
たのも腑に落ちない。旦那が拒否して奥さんに振ったのだろうか?結局、加藤理
事が引継ぎに立ち会ったのは、早川に役員改選の途中経過をあれこれ風間さん
に告げられると困るから、監視役をつけたのに違いない、と早川は思った。早川
にすれば、引継ぎは終わったものの、未だに喉元に小骨が突き刺さったような感
じがしていた。
その後、早川は近所に住む北村副会長とたまにゴミ・ステーションで出会うと、
242
彼女はばつが悪いのか、ぎょっとした顔をする。早川は何食わぬ顔をして「お早
うございます」と挨拶するのみである。東野町内会の定期総会が4月21日(日)に
開かれたが、早川はもちろん欠席する。
定期総会が終わった4月23日、早川は高血圧で行きつけの札幌小野病院で
診てもらい、会計に向かうと、そこに座っていたのは何と前坂本総務部長だった。
それも奥さんと娘さんらしき家族といっしょである。坂本総務部長の身体が悪いと
はかつて聞いたためしがない。
「坂本総務部長、しばらく振りです、どこか悪いのですか?」
早川はさりげなく声をかける。
「この頃眠れなくてね、先生に診てもらっているんだ」
坂本前総務部長が力なく答える。
「そう聞くと心なしか顔色が悪いようにも見えます。お大事にしてください」
と言って早川は坂本一家と早々に別れる。これ以上会話を続けると、「このとこ
ろ役員改選では思い通りにならず、たいへん苦労されましたからね」とか「昔の英
243
雄はよく憤死したと言いますから気をつけてくださいよ」と言いそうだったからだ。
早川は(町内会で、あれだけ言いたい放題、やりたい放題のアバレル販売も意
外と気が小さかったのだな) と思った。
5月に入り、「平成25年 第46号 会報」が配布された。早川が後の方の「平
成25年度町内会役員名簿」を開くと、従来と配列が違っていた。
@会長 宮城 孝、A副会長 北村 京子、B副会長 森村 邦夫、の次に
C総務部長 D経理部長と続くはずが、Cは西1分会長以下各分会長そして次
に D総務部長 E街灯部長・・・と並んでいるのである。
問題の東5分会長には経理部長を蹴った小谷理事が載っており、D総務部長
先田 茂樹の部員に経理事務をやらせるためか小谷理事がふたたび載っている
のである。そして経理部長のポストがどこかへ消えていたのである。これは、分会
長を各部長より重きを置いていると見せており、かつ配列順を変える事で経理部
長ポストがなくなった事を分かりにくくしていると、言えまいか?三役の経理部長
を置かないと言うのも町内会規約違反である。
244