大晦日も後1週間となったある日の午後、早川は大沢副会長に電話し、近くの
ファミリーレストラン・ゲストまでご足労願う。
「お忙しいところすみません」
と早川が言うと、
「あなたこそ年末なのに大変なお役目、ご苦労さんだな」
と笑いながらグレーのアノラックを脱ぎ始める。
ファミレス・ゲストの勝手知ったる大沢副会長は早速飲み放題400円のコー
スを選択し、コーラをコップに注ぐ。早川にも勧める。ファミレスに入った事のない
早川はその仕組みに驚きつつも、紅茶を自販機からついでテーブルに運ぶ。
「早速ですが・・・」
せっかちな早川は本題に入る。先日の第1回役員選考委員会の経過を話し、
今回は会長から候補者を決めていく方法を採用する事にしたと説明する。
「それはそれでいいんじゃない?」
大沢副会長がうなづく。
「それでですね、みなさんが大沢副会長を今度の会長候補として推薦したい
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と言うんですよ。今日は委員長として、みなさんの意向をお伝えにまいりました」
「う、俺が?それは無理だよ」
と大沢副会長が目をむく。
「ぜひとも受けていただきたくお願いします」
との早川の頼みに、大沢副会長は腕を組んで断る理由を考えているのか、し
ばらくしてから、
「上さんが、難しい病気で病院やら何やで忙しくて、これまでのように頻繁に家
を開けられないのさ」
と答える。
「それは大変ですね。しかし、これまでも分会長や副会長をやってこられたんだ
から、そこを何とか・・・」
さらに早川がお願いする。
しかし、大沢副会長は突然違う話をし始める。
「私も長い事東野町内会の理事をやってきたが、振り返ると役員選挙では過去
にいろんな事があったよ。地主から会長になった佐竹会長は8期16年もやって、
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佐竹天皇と言われるまでになった。誰の言う事も聞かなくなって、しまいには町内
会の口座を2つに分け、一つを自分名義にしてしまった。それは自分の選挙資金
となったのではないかとも言われていた・・・」
町内会の使途不明金が約200万円ほど使途不明となり、これが表に出ると事
件になるから、側近の者達がようやく会長から引きずり下ろしたという話は、早川
が若い頃に町内会の黒い噂として流れていた。彼の話はまだ続く。
「その次になったのは元教員の砂沢氏さ、しかし彼は旧勢力の抵抗にあって1
期で下ろされた。その後が郵便局出身の畑中会長で、温厚で人望があり人の話
をよく聞いた。これからは女性の時代だと女性理事の数も増やし、民主的な運営
をした。だから3期6年と佐竹会長の次に長い政権となった。
次の大林前会長は、畑中会長の4選を阻止すべく、官公労出身の男を使って
畑中会長一派のあら捜しをして脅しをかけたとも言われている。この時畑中会長
を支えるべく運動したのが、今の玉置副会長であり、北村副会長だったのさ。畑
中会長が落ちたら女性理事は全員辞めると連判状まで回して引き締めを図っ
た。しかし、結果は4選阻止をうたい文句にした大林会長が選ばれた」
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大沢副会長はそこでコーラを飲む。早川は4年前の町内会役員になって最初
の理事会を思い出していた。大林会長以下まことにぎすぎすしていた。
彼の話がようやく終わりに近づく。
「そして、2年前、初の全理事投票の役員改選で今の宮城会長になったのは、
君もご承知のとおりさ・・・」
これらの話は町内会の役員になってから先輩理事達から断片的に聞いていた
が、大沢副会長がこの場の重要な時にどうして過去の役員選挙の歴史を聞かせ
るのか、早川にはその真意が分からない。
(東野町内会の歴史として、役員改選はこんな有様だから、会長になるのは容
易なことではないと言うのか、それとも自分以外にもふさわしい人がいると言うの
か、役員選考は慎重にやらなければ、なった方も、それを選んだ選考委員長も怪
我をすると言っているのか?)
早川は彼の真意を測りかねていた。
しかし、時計を見ると、かなり時間も経過している。
「忙しいところ、貴重なご意見をありがとうございました。今日ご返事をいただか
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