「あなたはずいぶんこの店の事情に詳しいけど、この店のオーナー?」
おばさんがいぶかしげに神田の顔を見る。
「オーナーはこちらの高木まり子さんです。私はこういう者です、神田と言います」
と神田は猫じゃら工房の名刺を差し出す。
「猫じゃら工房?聞いた事はないわね」
「猫じゃら小路商店街の振興のため陰ながら仕事をしています。有名な猫じゃら小
路のキャンドルナイトはご存知ありません?」
「知ってる、知っている。夏に写真を撮りに来たもの・・・・・あれも?」
「あれの仕掛け人です」
「あれは素晴らしい催し物よ」
「お褒めいただいて恐縮です。もし、懐かしい物を送る場合はこちらの名刺の方へ
・・・・・・隣の仏壇屋蓮華堂の2階に居候していますから」
「分りました。今日はとても楽しかったわ、また寄らせてもらいます。そうだもう帰らな
きゃ、1時にボランティアの会合があるの」
そういって橋本おばさんはやって来た時のように慌しく去って行った。
「嵐のように現れて嵐のように去って行ったね」
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神田が笑う。
「ほんと、パワフルで1人でしゃべっていたわ。独り暮らしのようだから話し相手がい
ると興奮するのね」
まり子がうなづく。
「ボランティアの会合でもカメラの映像を見せながら延々と今日の事を報告するに
違いないよ、口から唾を飛ばしてね」
「そうねぇ、あのとおりどこへでも出かけて、見たり聞いたりした事を話して歩きそう」
「俺もこの店のPRになると思って名刺を渡したのさ」
「変なガラクタばかり集まらなければ良いのですが・・・・・」
「うん」
神田はそう言ってからくすくす笑う。
「どうしたの?」
「さっきから橋本おばさんが誰かに似ていると考えていたんだが・・・・・・今思いつ
いたよ」
「だあれ?」
「久本雅美さ。少し出っ歯で、パワフルで、おしゃべりで」
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「ふふふ、言われてみればマチャミにそっくりね」
「俺は今度会ったらマチャミおばさんと言ってしまいそう」
「そんな事なら黙っていれば良いのに?私まで間違いそう」
「だって武田の爺さんに武田鉄矢ってあだ名をつけ教えてくれたのはまりちゃんだ
よ」
神田はまり子に抗議する。
「あれ?そうでしたか?」
まり子はとぼけてみせる。2人はしばらく笑いが止まらなかった。
マチャミこと橋本おばさんが朝日のあたる家にやって来てから半月ほど経った11
月中旬の事である。
「神田さん、荷物がまた来ましたよ」
猫じゃら工房の階下で仏壇屋蓮華堂の金森支配人が大声で叫ぶ。
「なにっ?また来たの?」
神田が驚いて階段を駆け下りる。仏壇屋蓮華堂の入口に大小のダンボールがいく
つも積んである。
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「どうなってるの?」
金森支配人が神田を問う。
「分った、分った、とりあえず2階へ運ぶのを手伝ってよ」
神田のお願いに金森支配人がしぶしぶ手伝う。いつの間にか半井嬢も加わって
いた。3人が何回か往復して入口の邪魔物がようやく片付く。2階の猫じゃら工房の
テーブルの上はダンボールだらけである。
「こんなに来るとはねぇ」
神田がため息をつく。
「神田さん、何なの?この中身は?」
半井嬢が目の前の小さなダンボールを開ける。
「あら、嫌だ。煙管や煙草盆など古道具ばっかり、何か近くの質草屋と間違ってい
ない?他のダンボールにもこんな物ばかり入っているの?」
半井嬢があきれた顔をする。
「そうなんだ、これには訳があるんだ。実はマチャミおばさんがね」
「マチャミおばさん?」
「久本雅美に似た元気なおばさんさ」
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