きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

までも母親の形見を手放さないマザコンの夫に愛想をつかした訳です。本当の原因
は会社の仕事に精を出さず、帰ってくるといつまでも売れない小説を書いている夫
に嫌気が注していたんだと思いますが・・・・・・」
 「そうだったの?悪い事を訊いたみたいね・・・・・・」
 まり子が申し訳なさそうに話す。
 「いや、前から誰かに打ち明けて楽になりたかったんです」
  武田は大きなぎょろ目にうっすらと涙を浮かべていた。長い間胸につかえていた
ものを吐き出して気持ちが少し楽になった様子である。
 「それで、どうして今頃手離す気に?」
 「これを見ていると、お袋にも妻にも申し訳なくて、前から何とかしなればと考えて
いたんだ・・・・・・だからと言って捨てる訳には行かないし、いつまでも思い出に浸っ
ている訳にもいかないし・・・・・・それで虫の良い話だがここに置かせてもらえたらと
・・・・・・」

 「お婆ちゃん達が喜ぶから私はありがたいけれども、ここに置いておけば武田さん
も来るたびに思い出すわよ」
 「それで良いんだ。猫曼荼羅の下に置いてもらえれば来るたびにお袋や妻にお詫
365


びできるよ。もちろん、みんなに手に取って遊んでもらえば、母親も妻も喜ぶはずさ」
 「分りました、お預かりします。いつでも会いに来て下さい」
 「無理なお願いを聞いていただいて助かります、よろしくお願いします。それじゃあ」
  武田は自分の恥部をまり子に晒したせいか憔悴したように肩を落として帰って行
った。
 (人間は誰しも他人に言えない事があるものだ)
  まり子は武田の置いて行ったお手玉をじっと見つめていた。当初虫の良い考えを
していた自分を恥じ、武田の笑顔の影に潜んでいた悲しみを思った。
  猫曼荼羅の下に置いてあるお手玉にそんな謂われがあったとは武田とまり子以
外誰も知らない。

  それ以来、店に来るお婆ちゃん達は久し振りに見る年代物のお手玉に驚嘆し、懐
かしがって必ず手に取って遊んでいた。まるで娘時代に戻ったかのようである。
 「お手玉の威力はたいしたものだ」
 「ほんと」
  神田と金森支配人がお婆ちゃん達のはしゃぐ姿を見ている。
366


 「懐かしグッズならうちにもあるよ。母親が愛読していた雑誌ひまわりや婦人倶楽
部などがさ」
  神田が独り言を言う。
 「うちには爺さんの集めていた古いSPレコードがあるよ、リンゴの歌や青い山脈な
どの歌謡曲と広沢虎蔵の浪曲がさ・・・・・・」
  金森支配人も話し出す。
  2人の話を聞いていたまり子が、
 「ここに飾ってくれたらお客さんが喜ぶと思うな・・・・・・」
  と声をかける。
 「そうか?」
 「そうしよう」
  早速2人はそれぞれの家のお宝を持ってくる。
  神田が持って来た雑誌は紙の色が黄色くなり印刷の色もあせて、角が丸くなって
いた。金森支配人が持って来たSPレコードの袋も色あせ角が折れている。
  こうして朝日のあたる家にお手玉、雑誌、SPレコードと懐かしグッズの3点が揃っ
たのである。
367


 
 「こんにちわ、猫の曼荼羅があるって喫茶店はここですか?」
  1人のおばさんが朝日のあたる家に入るなり大声を上げて店内を見回す。先客の
神田が驚いて振り向く。おばさんは最近の婆さん達のようなけばけばしい格好では
なく、山歩きのスタイルで、からし色のジャンパーを着ている。60代前半と思われる
おばさんは細長い顔におかっぱ頭で少し前歯が出ている。
 「あった、あった。これかあ?なるほどこれは立派だわぁ」
  このおばさんは北山先輩が開店祝いに送った猫曼荼羅を上下左右になめ回すよ
うに見てから、白いザックの大きなカバンからデジカメを取り出しパチパチと写しだす。
 「光が足りないからってフラッシュをたくと反射するからね、感度を上げればいいの
さ・・・・・・しかし、金子の婆ちゃんも時々良い事を教えてくれるよ」
  このおばさんは入ってからずっと独り言を言っている。
 「お客さんはどちらさま?」
  先ほどから珍客の言動を見ていた神田が堪えきれずに訊ねる。
 「えっ、私の事?私はね橋本ちえです。何か?」
 「橋本さん、この絵の事はどなたからお聞きになりました?」
368

タイトルイメージ   タイトルイメージ 本文へジャンプ



第16話 青い山脈  その2 ★★






















           

         



































































































































前のページへ 次のページへ


トップページへ戻る