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小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 

 「まり子さん、約束が遅くなってごめん」
  武田がまり子に約束の物を持って朝日のあたる家に来たのは10月の末だった。
いつもと違い武田はばつの悪そうな顔をしている。
  武田が一息ついてから意を決したように茶色の替え上着のポケットから取り出し
たのは黄色い紐のついた赤い花柄の巾着だった。
 「なあに、これ?可愛い巾着じゃない、年代物よね?」
 まり子が嬉しそうに手に取る。何年もの年月を経た巾着は少し色あせてくすんでい
た。まり子が巾着を逆さに振ると色とりどりのお手玉が5個出て来た。

 「あらお手玉?懐かしいわねぇ、これは店に来るお婆ちゃん達が喜びますよ。これ
武田さんの?」
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  まり子は両手でお手玉を握り締めあづきのさっくりとした感触を確かめる。
 「うん、お袋の形見さ。お袋は一人っ子の私にこれを作ってくれて遊んでくれたんだ」
 「いいお母さんね。こんな大事な物をもらっていいのかしら?」
 「ん、まあ。これを持っていると切なくてね・・・・・・」
  武田はその訳を言おうか言うまいか逡巡しているようだった。
 「今、ホットコーヒーを入れるわね?」
  まり子の一言で武田はいつもの席に座る。武田の定席はまり子の位置に一番近
い奥の席である。
  まり子がコーヒーを入れながら武田を見てやると、武田は落ち着かない様子でお
かっぱ頭を両手でかき上げている。
 (まさか恋の告白でないでしょうね?韓国ドラマだと求婚するときは母親の形見の
ダイヤの指輪が相場だけれど・・・・・・まさかお手玉とは?)
  武田の不可解な挙動にまり子もついあらぬ事を考える。
 「お待ちどうさま」
  まり子がテーブルにコーヒーを置きその前に座る。

 「あ、ありがとう」
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  武田はコーヒーに息を吹きかけ慎重に一口すする。
 「その様子じゃ何か言いたそうね?」
  こういう時は女の方が度胸がある。まり子はあたかも武田より年上のごとく武田の
次の言葉を促す。
 「う、うん。どうしてここにお手玉を持って来たか、言うべきか言わざるべきか考えて
いたんだが、そこまで言われると・・・・・・」
  少しどもりながら返事をする。武田は他には誰もいないはずの店内を大きなぎょろ
目で見回す。世紀の一瞬を迎えまり子の顔がだんだん赤らんで来る。武田は大きく
息を吸い込んで、
 「実はこのお手玉は離婚の原因となった物なんです」
  と吐き出すように話す。
 「離婚の原因?」
  まり子は猫騙しにあったようにびっくりする。
 (そうか、そうよね、お互いこの歳で求婚はないよね・・・・・・私は何を考えていたの
か)
  まり子は自分の早合点を反省する。
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 「私はマザコンでしてね。このとおりこの歳になっても未だにお袋の事を忘れられん
のですよ、独り息子で人一倍可愛がってもらったせいもありますが、情けない話です」
 「男は多かれ少なかれ誰でもマザコンの気味があるようですよ」
  まり子は心の中を読まれないよう平静を装って話す。
 「そうかもしれないが・・・・・・ある日の事、私が出張から戻ると母の形見のお手玉が
袋ごとゴミ箱に捨ててあったんですよ、それも妻の手で・・・・・・」
 「まあ」
 「それで私はついかっとなって『母の形見を捨てるなんて、こんなお前とは離婚する
!』って言ってしまったんです」
 「そうすると?」
 「妻は『分りました、私も前から考えていました。別れましょう』と答えたんです。それ
であっという間に離婚が決まってしまいました」
 「そうでしたか?」
 「もともと気の強い妻は母親とは合わなかったんです。昔から言うでしょう『一つの
家に女は1人しかいらない』って・・・・・・妻は子供が出来なくて、母の存命中ずっと
肩身の狭い思いをしていたんだと思います。姑に疎んじられているとも・・・・・・いつ
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第16話 青い山脈  その1 ★






















           

         























































































































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