と言う神田の言葉に、
「そうしてくれ、俺は畑がどの程度のものか調べるよ。まり子には鍋釜など使える
道具があるのかどうか調べさせるよ」と木枯が答える。
神田は掘っ立て小屋を出てあらためて前方を見る。神田の目の前には石ころまじ
りの大きな平野が広がり、その向こうには海が見える。
家の前を通る道は軽自動車がようやく通れる程の砂利道で、海の方までつながっ
ているようである。歩いていくと道の両側には古びた人家と小石で囲んだ畑がぽつ
んぽつんと見える。
神田は暑い日差しが照りつける中、先を急ぐ。しばらく歩くと、道端には一里塚の
ような石が埋まっていたり、お地蔵さんらしき古い石像が立っている。
「昨日今日出来た道ではない、かつて人が住んでいた証拠だ。北海道にも赤井川
や島牧、日高など入植したものの自然の驚異に勝てず、出て行った集落がいくつも
ある。ここもそんなところか?・・・・・・そうすると我々は原野に入植するわけではない
から昔の人よりまだましな方か?」
ロビンソン・クルーソーのような生活を想像していた神田は少し気が楽になった。
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30分ほど歩くと道は緩やかな下り坂になり、海が見えてきた。港には木で作った
桟橋がぽつんと突き出、磯舟が数隻係留されていた。
桟橋の前には数軒の家があった。桟橋にいちばん近い家は雑貨屋のようである。
家の前にはポストがあり、郵便局の看板がかかっていた。
神田はあふれ出る汗を手の甲でぬぐいながら、店に入って行く。
「こんにちわ・・・・・・すみません、水を飲ませていただけませんか?」
久し振りの客に丸首シャツとステテコ姿のおっさんが立ち上がる。
「いらっしゃい、おや、北海道からはるばる入植してきた人だね?遠いところからご
くろうさん」
小柄で色の黒いおっさんはそう言って冷たいジュースを差し出す。神田は思わず
手を差し出しそうになるがぐっと堪える。
「あいにくお金の持ち合わせがないんで・・・・・・」
「いいって事さ、歓迎の一本さ。それともビールが良いかい?」
「お酒は飲めないので、お言葉に甘えてジュースをいただきます」
神田はおっさんのくれたジュースを一気に飲み干す。
「ご馳走様・・・・・・ちょっとお尋ねしますが、我々はここから上陸したのですか?」
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「そうさ」
「他に港は?」
「ここだけさ、この島は全体が台形でここしか船は接岸できないんだ」
おっさんはそう答えながら、神田の意図を察した見え、
「だから逃げようったって無理さ、前に来た人たちは船を盗んで逃げたが、方角も
分らず、結局は御用さ。あんたらも観念した方が良いよ。ここは気候も良いし、おい
らのように人も良いし、なあに住めば都だって、良いところさ」
おっさんは欠けた前歯を見せにっこり笑う。この店は警察署、消防署、回船問屋、
郵便局、雑貨屋、 質屋などすべてを兼ねているようである。
「そうかい?住めば都か・・・・・・ところでこの島には我々のほかにどれくらいの数
のジジババが入植したの?」
神田がこの島の様子を確かめる。
「君たちで48人目かな?」
「みんな真面目に畑仕事をしてるかい?」
「そりゃあ、そうださ。他に何もする事はないし、食う物くらい作らなきゃ飢え死にす
るからね」
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「大田と田中は時々来るのかい?」
「2週間に一度くらいかな?来てもすぐに帰るよ」
それを聞いた神田は小屋に戻る決心をする。
「そうか、分ったよ。今日はご馳走様、また来るよ」
「なあに少しの間辛抱すればすぐに慣れるよ」とおっさんは神田を慰めてくれる。
神田が戻った開拓小屋ではそれぞれが調査した結果を報告し終ったばかりであっ
た。
この島には歩いて30分ほど離れた所に一箇所だけ舟が接岸できる桟橋があり、
その前にある雑貨屋は警察など役所の代わりもしている事。前の入植者が残した小
屋の周りの畑にはタロイモやサトウキビが野生化しているので手入れをすれば食料
になる事。小屋の内外に置いてきぼりの古びた道具も何とか使えそうな事、手をつ
けたとは言え、非常食もまだある事、などなど・・・・・・
「と言う事は2週間持ちこたえれば何とかなると言う事さ」との神田の話に、
「2週間て?」とまり子が訊ねる。
「2週間後には太田と田中がここに来るから・・・・・・彼らを人質に取るんだ」
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