口が増大しています。消費は伸びず、高齢者医療や福祉施設などで費用がかかり
過ぎるんです。だから、高齢者を中心に間引きをして、ジジババ開拓団を結成して離
島に送り込む、これが日本の生き残る道なのです」
「だからと言って・・・・・・何で俺たちが犠牲になるんだ」
と木枯が呟く。
「お国のためですよ、お子さんやお孫さんの明るい未来のためですよ」
田中が補足する。
「国のためと言う大義名分でこれまでどれほどの国民が犠牲になってきたのか、君
たちは分っているのか?」
木枯は噛み付く。
「分っています。しかし、われわれも妻と子を食わせなきゃなりませんので・・・・・・
長い失業の末ようやくありついた仕事ですから・・・・・・私共の立場も何とかご理解い
ただきたいと・・・・・・」
田中が頭を下げる。
「そうは言っても・・・・・・よりによって何で俺たちが選ばれたんだ?」
「まだ健康で身体が動かせるからですよ。畑も耕せる体力が残っている、そうでしょ
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う?」
何とか組織の2人は木枯他3人の顔を見る。
「間尺に合わないよなぁ、どう考えても」
神田もとうてい納得が行かない。
「そうよ、第一家族がみんな心配しているわよ。何日も帰らないと捜索願が出るわ
よ」
まり子の脳裏に母親と子猫のサンの顔が浮かぶ。
「その辺はご心配なく、皆さんの携帯を使ってご家族に『急だけど旅行に出ている』
とメールしておきましたから」
太田が答える。
「俺は携帯なんか持っていないよ」
木枯がむくれる。
「大丈夫です。声のきれいな奥様に電話しておきましたから」
「心配していただろう?」
「いいえ、『いつもの事だから心配してません』って」
「くそっ、あやつ、何て事言うんだ」
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木枯の機嫌がますます悪くなる。
「ああ、そうそう、大事な用件を忘れていました。このダンボール箱には今後の生活
に必要な日用雑貨、下着の着替え、常備薬、非常用食料などが入っています」
太田がダンボールの中身を話す。
「非常用食料?」
木枯が聞き返す。
「そうです、基本的には自給自足ですから、井戸の傍にある鍬や鋤を使ってタロイ
モとサトウキビを栽培して下さい。畑ではいのししやウサギ、海では魚も釣れますか
らたんぱく質も取れるはずです。非常用食料は旱魃(かんばつ)やバッタの被害に
あった時の乾パンや缶詰です。」
太田の話はこれまで何度も繰り返してきたと見え、立て板に水である。
「兄貴、そろそろ帰る時間です」
田中がのっぽに腕時計を指差す。
「それじゃあ、みなさんお元気で、2週間後にまた来ます」
太田はそう言って田中とともに小屋を出て行く。
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木枯と神田はとんでもない話だと思いながらも、裏で想像出来ないほどの力が組
織的に働いていると感じていた。黒服2人の後を追う気力も出ない。
「ちょっと待ってよう!お風呂もシャワーもないのよ」
まり子が裸足で黒服の2人を追いかけるが、2人が乗っている軽四輪トラックの音
は遠ざかるばかりであった。
「2人はどうして追いかけないのよ?」
しばらくして戻ったまり子が肩の力を落としてへたり込む。
「今、じたばたしたところでどうにもならない。それより乾パンと缶詰でも食おうや。
腹が減っては戦も出来ない」
と、木枯が段ボール箱を開ける。
「まり子、水を汲んできてくれ」
まり子はしぶしぶ外へ手押しポンプの水を汲みに行く。
「神田、どうする?」
木枯は乾パンをぼそぼそ食べながら、神田の顔を見る。
「あいつらが来たんだから、帰る道もあるはずさ、食べたらこの島を探検して来る
よ。他にも人が住んでいると思うし、港も絶対あるはずさ」
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