「ありますよ」と金森支配人がその後を続ける。
「何?どうした、番頭?」
「実は最近下の仏壇屋 蓮華堂に変な電話がかかってくるんですよ」
「変な電話?」
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「木枯社長の年齢と雇用主の名前を聞いてくるんです」
「俺は73歳だ、間違いない。しかし、年金生活者に雇用主の名前を聞いてどうす
るんだ?」
木枯社長が大きな目をぎょろりと剥く。
「私に怒ってどうするんですか?電話の相手がそう言ってるんです」
「それで相手の名前は?」
「いくら聞いても知り合いの者としか言わないんです」
「それで相手は男か女か?」
「最初は女性でした」
「女性?・・・・・・待てよ、最近付き合い始めたあの娘、いや昔の娘かな?」
木枯社長は彼女の顔を思い出したのかにんまり笑う。
「次に来たのは男性でした」
「男?俺は男には興味がないぞ」
と木枯社長はとぼけた顔をする。
「木枯社長だけではないんです、神田さんについても、まり子さんについても同じ事
を聞いてくるんです」
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金森支配人が続ける。
「何?神田やまり子についても?」
木枯社長がまたまた驚く。
「金森さん、俺とまり子さんにもそんな電話が来ているのかい?」
神田はそれまで木枯社長の事と聞き流していたが、自分の名前が出た以上他人
事ではなくなった。
「そうですよ、名を名乗れと言うと答えない。電話を切ると今度は別な奴から来るん
です。うちも客商売ですから電話に出ないわけにもいかなくて・・・・・・」
金森支配人は困った顔をする。
「相手の電話番号は?」
神田が訊ねる。
「携帯で、毎回電話番号が違うんです」
「それじゃあ、まるで犯罪集団だな?それに何で他人の事を仏壇屋 蓮華堂に聞い
てくるんだ?」
木枯社長がげじげじ眉毛を吊り上げる。
「最近、わが家にもそんな内容の電話が来ているそうです。カミさんは2度と取り上
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げないようですが・・・・・・それより私は最近誰かにつけられているような気がしてな
らないんです」
神田がため息をもらす。
「何、お前もか?俺もそうさ」
木枯が驚く。
「2人とも裏でこっそり悪い事でもしているんでないの?」
2人の会話を聞いて金森支配人が冷やかす。
「何を言うんだ、お前なんか出ていけ!」
木枯がレッドカードを出して金森支配人に退場を命ずる。
「まいった、まいった。せっかく教えてあげたのに・・・・・逆恨みだ」
金森支配人はそう言いながら帰って行く。
「これはいったいどう言う事だ」「どう言う事なんだ」
2人は同時に同じ言葉を発する。2人ともいろいろ考えて見たが思い当たる節
はなかった。部屋の中は生暖かい重い空気が漂い、沈黙が支配していた。
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