ると課長は『白川常務の事さ』と言うのよね。役員だから『良い人ですね』と答えると、
『白川常務も君の事、気に入ったみたいだよ』と言うの」
「何々?」
感の良い半井嬢が疑問に思う。
「結局は体の良いお見合いだったのよ。だから私は『白川常務を役員として尊敬し
ていますが、それ以外の感情はありません』て答えたのよ。そうしたら山本課長は
『それはけしからん、君だって白川常務の事は知っているだろう?俺に恥をかかせる
のか?』と言うのよ。私だって白川常務が3年前愛妻を亡くして再婚相手を探してい
るって事ぐらい知っていたわ、でも私たちとは違う世界の人よ、まして後妻なんて考
えても見ない話よ」
「そうですよ、まり子さんは初婚なのに・・・・・・」
半井嬢がまり子に同情する。
「ところが、お見合いの話は私以外の出席者はみんな知っていて、周到に仕組んだ
事と後になって知ったの・・・・・・知らなかったのは私だけよ。もちろん初めから見合い
と打ち明けるとこの私が絶対断ると山本課長は読んでいたのね。 まずは既成事実を
でっち上げ、それから断れないようにしようと考えたのね」
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「それはひどい話」
半井嬢がいきどおりを隠せない。
「そうでしょう、それまで山本課長は出世が遅れているけど良い人だと思っていた
わ、でも見損なったわ。結局は白川常務の後妻を見つけて点数を稼ぎたかったの
ね、私はがっかりしたわ」
まり子は腹立たしげにため息をつく。
「それで辞める気になったのね、分るわ」
「それで終れば許せなくもなかったし、やめる気にもならなかったけれど・・・・・・そ
の後何かにつけて課長に嫌味を言われるようになってね・・・・・・だからもう職場に
居辛くなって」
まり子は思い出しても腹立たしい様子である。
「分るわ、それにしてもひどい会社ねぇ」
「みんなが春北商会はいい会社と言ったって、中身はこんな程度の会社よ」
まり子は長い事胸につかえていた澱(おり)をようやく吐き出してすっきりした顔を
していた。
「でも、美樹ちゃん、この話を金森支配人に言っちゃ駄目よ・・・・・・あの人は中学
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校のクラス会で何でもしゃべってしまうから」
金森支配人と西鷹栖中学校の同期生だったまり子は半井嬢に釘を刺す。
「分っています、支配人はけっこう口が軽いから」
半井嬢は職場の上司を鋭く観察している。
「神田さんは?」
「彼は春北商会にいたから、この話はうすうす聞いていると思うわ」
「神田さんもそんな目に遭って辞めたのかしら?」
半井嬢の脳がくるくる回転する。
「うーん、彼の場合は違うわ。こんな事ではへこたれないタイプよ。彼は正直な人
で無能な上司に対して徹底抗戦していたし、不満ををあちこちで言いふらしていた
から・・・・・・ただし墓穴を掘ったかもしれないわね」
まり子は神田を擁護しているとも、していないとも取れる発言をする。
「ああ、もうこんなに長居をしたから帰らないと」
半井嬢が重い腰を上げる。
「美樹ちゃん、サンを置いて言ってよ」
まり子はサンを抱えたままの半井嬢に声をかける。
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「分ったよ、うちのお店でも猫を飼えばよいのに・・・・・・」
「仏壇屋で猫を飼う?冗談でしょ?」
「まり子さん、テレビ見なかった?高崎市の仏壇屋では6匹も猫を飼っていたわ。
それが面白いの、位が上の猫ほど背の高い仏壇に座るんだって、お客さんは大喜
びよ」
「そんな仏壇屋があるんだ。美樹ちゃんも社長に猫を飼うよう薦めてみたら?」
「うちは駄目よ、立川社長がスタイリストだから・・・・・・店内にゴミ一つ落ちていて
も五月蝿いの。うちの店で飼わなくともここで会えるから、ははは、またね」
朝日のあたる家はまり子とサンだけになった。新型インフルエンザのせいか、は
たまた不景気のせいか客足は思うようには伸びない。ただし、北山が複製した猫
曼荼羅だけは口コミで評判になりぼちぼち売れるようになっていた。
「サン、ママのところにおいで。また2人、いや2匹だけになったね。静かでいいか
?お前も聞いたでしょ、今日は武田の爺ちゃんの告白を聞いたり、自分も退職の理
由を明かしたりして疲れちゃった・・・・・・」
まり子が苦笑いしながらサンに語りかける。
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