「そんな事が関係あるんですか?」
今度は麻耶が訊ねる。
「フロイド流の考え方だがね、煙突は男性のシンボルを象徴しているのさ。それが
家になくなってきたんだ・・・・・・もう一つ、家庭に男性用トイレが無くなった事」
「男性用トイレ?うちにもないわよ。男もいないけど・・・・・・」
麻耶が呟く。
「最近の家は建築費が高いから床面積も狭くなるしトイレも小さい。したがって男女
兼用トイレが主流になっているんだ」
女性群が北山の話を固唾を呑んで聞いている。
「最近のお母さんは男の子が小便を散らかすから女の子のように座ってちんちんを
下に向けて小便するようしつけているんだって・・・・・・これが男の子の自尊心を傷つ
けているんだ。子供の時から去勢されて生きているようなものさ」
「ふうん、最近のお母さんてそうなの?そう言う北山家では?」
初めて聞く話にまり子は感心し、北山に訊ねる。
「狭いながらも楽しい我が家、当然男女共用トイレさ」
北山は頭を掻いてみせる。
257
「うちは男が多いから男用トイレが別にあるけど、男供が酔ってこぼすと、母がいつ
も嘆いているよ」
由香が神野家の事情を披露する。
「昔と違ってトイレ掃除も子供達がしないから、母親の負担が大きい。それも男子用
トイレの数が少ない要因のひとつだな・・・・・・話は変わるが、今は男女平等で、進学
も仕事もスポーツもギャンブルさえも女性が進出している。元気な肉食女子と元気の
無い草食男子、これは現代社会を反映しているかも知れないな」
「ふうん」
若い2人は言っている事が分ったのか、キツネにつまされたような顔をしている。
「北山先輩、ところでその大きな包みは?」
まり子が北山先輩が持ち込んだ大きな包みの方を見る。
「あ、ついつい話し込んじゃって・・・・・・肝心の用事を忘れていた」
そう言いながら、北山はおもむろに包みを解き始める。
「わあきれい、これはなあに?」
由香が大声を上げる。中から出てきた新聞紙大の額縁には極彩色の絵が入って
258
いた。ほぼ正方形の紙に仏様の格好をした猫が何匹も描かれている。
「猫の曼荼羅(まんだら)さ」
北山が楽しそうに答える。
「曼荼羅って?」
由香が訊ねる。
「仏教の宇宙観を表す仏画で、大勢の仏や菩薩をたくさん並べて模様のように描い
た絵さ、本堂に掲げ儀式の時に崇拝するのさ」
「どうして猫なの?」
麻耶が疑問を呈する。
「開店の日、まりちゃんは子猫を授かっただろ?その時ひらめいたんだ、猫を仏様
に見立てたらどうかと・・・・・・ずっと前にインドへ行った時、身体がふくよかで頭が象
のガネーシャ神の宗教画を見てさ、あまりのきれいさにびっくりしたんだ・・・・・・それ
はヒンズー教の神だけど、ちょっとそれを思い出してね」
北山はいたずらっ子のように笑ってみせる。
「まあ、いい加減な発想ね」
まり子が北山に一言言う。
259
「そう言わずに芸術家の絵って言ってくださいよ、これでも仏眼曼荼羅(ぶつげんま
んだら)にのっとって描いているんですよ」
「仏眼曼荼羅?」
まり子が舌を噛みそうになる。
「無病息災と言う言葉があるでしょう、密教で言えば災いを消すと同時に無事でい
られるよう修行するのが息災法で、その修行をする時に用いられた曼荼羅ですよ。
ですから猫の仏様が32も描かれているでしょう?」
北山はさも苦労したと言わんばかりである。北山は右手の壁に取付金具を使って
しっかりと固定する。
「まあ、掛けて見るとりっぱな絵ね、厳粛な気持ちになるわ。毎日拝むと願いが叶う
かしら?」
まり子が北山の顔を見る。
「祈る人に邪念がなければね」
北山が笑う。
「まり子さん、お客さんが来るよう、毎日拝まなきゃ」
麻耶がまり子の肩をぽんと叩く。
260