まり子が答える。
「そう、しかしジ・アニマルは少年院と言う意味で使っており、こちらは落ちぶれた男
の物語さ」
「そうなんですか?」
「曲はもともとイギリスの民謡(フォークソング)で、それがアメリカに伝わって作者不
詳の歌詞がついたらしい。だから作詞はいろいろさ。原題の House of the Rising
Sun は刑務所の意味もあると言うし、南部の綿花農園の奴隷小屋を指しているい
ると言う説もあるらしいよ」
「番頭さんやけに詳しいね?」
神田が金森支配人の博識に感心する。
「ジ・アニマルのファンだからね、熱烈なファンとしてはこれくらい常識ですよ・・・・・・
いずれにしても暗い歌です。だから店の名前としてはどうですかね?わけを知ってい
る人からすると暗いイメージを持つんじゃない?」
「俺もそう思うな」
神田も金森支配人の考えに同調する。
「それもそうですけれど、私は歌の名前から思いついたんじゃないの」
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「と言うと?」
神田がわけを訊ねる。
「神田さん、東の方から猫じゃら小路に向って来ると、いちばん最初に出会うのはど
この店?」
「当然1丁目のはずれだから・・・・・・あっ、そうか、靴屋だったあの空き店舗か」
「そうでしょ、朝早く行くと、いちばん最初に目に付くあの店舗が朝日に当たって輝
いているの、それは神々しいほどよ・・・・・・だけど今は誰にも見捨てられ泣いている
わ。私はね、猫じゃら小路でいちばん最初に朝日が当たるあの建物に名実ともに日
の光を当ててやりたいの・・・・・・どこまで出来るか分からないけど・・・・・・」
まり子の大きな黒い目に炎が燃えていた。神田は次の言葉を飲み込んだ。
「あの空き家は私ずっと気になっていてね、このままでは猫じゃら小路のイメージダ
ウンになるし、歌の通り本当に落ちぶれてしまうわ」
「そうか、それで立川社長、いや立川理事長も了解したんだ」
神田はまり子の計画を冷やかし半分で見ていた自分を反省した。
「そうなんですか、わけを聞くと立派な名前ですよ」
金森支配人も賛同する。
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「分ってもらえてよかったわ」
まり子がほっとした表情を見せる。
「お店の名前も決まったところでデザインの件だが、まりちゃんも知っている北山先
輩に頼んだらどうかな・・・・・・前に猫じゃら新鮮組のマークを作ってもらったし、そうい
うセンスは人並み以上にあるよ」
「そうね、そうするわ」
「そうするとあの店屋の平面図が必要だな?番頭さんの出番だ」
神田が金森支配人の顔を見る。
「ほいきた、少々お待ちください」
金森支配人が階下の仏壇屋 蓮華堂へ戻って行く。
「お待たせ、これで良いかい?」
30分ほどすると、金森支配人がコピーを持って現れた。
「おっ、当時の設計図もあるな、さすが番頭さん」
神田が喜ぶ。
「几帳面さが私の取り柄ですから」
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金森支配人がもみ手をして喜ぶ。
「間口1間に奥行き3間、高さが1間半か?小さいね」
神田が図面を見て呟く。
「私のお店はこれだけあれば十分ですよ・・・・・・みなさん、ちょっと失礼」
まり子が部屋の端の方へ行き、手帳を取り出し北山先輩へ電話し始める。
しばらくして電話を終えたまり子が近寄って来る。
「暇だから手伝ってくれるって、後で現場を見に来るそうよ・・・・・・金森支配人、お店
のファックスお借りできないかしら?北山先輩に図面を送りたいの」
「お安い御用ですよ、いっしょに行きましょう」
金森支配人は女王様に仕える下僕のように嬉々としてまり子を案内する。
「そう言えばさっきまりちゃんは『ミルクパーラーみたいな店』とか何とか言っていた
な?」
残された神田がまり子の先ほど言葉を思い出す。
「喫茶店みたいなものだな?そうすると保健所に届けたり、いろんな要件がからん
でくるぞ」
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