「私、お店をやってみたいの」
まり子が恥ずかしそうに答える。
「この不景気な時代にかい？ちょっと無謀ではないかい？」
神田が心配して口を挿む。
「それは十分分っているわ、でもまだ６０歳前だから何かしなけりゃと思ってね。か
と言ってこの歳で今さら雇ってくれるところはないし、それにもう人に使われたくない
わ」
高木まり子はため息をつく。
年が明けても日本経済は昨年に引き続き低迷していた。
２００８年の自動車の新車販売台数は前年比５．１％減の５０８万台と４年連続で
減少し、１９８０年以来２８年ぶりの低水準で国内市場のピーク時の３分の２に縮ん
でいた。
ビールやマンションや家電の売上も軒並み減少し営業赤字を出していた。北海
道の百貨店大手の角井今井も１月末に札幌地裁に民事再生手続きの申し立てを
行った。
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２月に入ると、三菱自動車・トヨタ自動車・日産自動車・シャープ・パイオニアが赤
字決算の見通しを発表、大手銀行の４月から１２月の税引き後利益は大幅減益とな
り、生損保の４月から１２月決算も税引き後決算が赤字となった。
２月２４日には東京株式市場が一時７１５５円まで下落し、バブル後最安値を記録
した。３月１０日には日経平均株価は７０５４円と８２年１０月以来、約２６年５ヶ月ぶ
りの安値水準となった。
春闘相場をリードする自動車や電機などの主要企業は、３月１８日、急激な景気
落ち込みの影響で軒並み４年ぶりのベアゼロ回答を行った。
麻生内閣支持率は２月の１９．７％から３月は１７．４％と引き続き下落していた。
「みんなそういうわけだ、それじゃ早速立川に掛け合ってくるか。番頭、立川にこれ
から俺が行くからと言っておいてくれ」
立川の所在も確かめず木枯は腰を上げる。階段を下りていく木枯に向って金森番
頭が上から声をかける。
「立川社長は在席しているそうです」
「ありがとよ」
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木枯は悠々と立川のいる３丁目の蓮華堂不動産へ向う。
「まったく年寄はせっかちでいけませんや」
金森支配人がこぼす。
「まりちゃんもせっかちだな、会社を辞めたばかりなんだからもう少しゆっくりしてい
れば良いのに・・・・・・」
神田がたしなめる。
「辞める前は暇になったらとあれもしたい、これもしたい思っていたけど、こんなに
暇ばかりだとする事もなくなくって・・・・・・何かしなけりゃ身が持たないのよ」
「その気持ちは分からなくもないがね」
何もせずじっとしている事が出来ない性分の神田が同情する。
「それであんな狭い店で何をするって？」
「私ね、猫が好きで、旅行するたびに猫の人形や置物や小物を手当たり次第買っ
てきたの、会社を辞めてから気がついたら家にそれがいっぱい溜まっていてね。それ
で考えたの、それらを小さな店に飾ってみたらと・・・・・・猫じゃら小路にそんな店がな
いでしょ。お客さんに頼まれれば売っても良いと思うの」
まり子の目が輝いている。
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「それじゃ商売ではないんだ、あくまでも趣味の世界だな、それなら俺も何も言わな
いよ」
神田は納得した。
「店の名前は？」
金森支配人が身を乗り出す。
「隣の空き店舗を借りられるかどうかで、そこまで頭が回っていないのよ」
まり子が笑う。
「それなら心配ないよ、立川社長は常々『あの店を空けて置くのははもったいない、
誰か借り手がいないかな』と言ってましたから・・・・・・まりちゃんなら格安で貸してくれ
るよ、それに改装する時には懇意の会社を紹介してくれると思うよ」
金森支配人が請け負う。
「木枯先輩が立川社長にお願いするからまず間違いないよ」
神田も保証する。
「そう言う事で早速店の名前を決めましょうや」
金森支配人はまるで自分の店を出すかのようにはしゃいでいる。
「常識的に言えば猫の名前を付けるのかな、猫じゃら工房とか何とか・・・・・・これで
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