を命ぜられた腹いせに考えた代物である。新卒の学生なら教育委員会も口を出せ
ないだろうと・・・・・・
木枯社長の目論みは当り、卒業したばかりの学生(?)が大勢集まり、様々なキャ
ラクターに扮し、猫じゃら小路を練り歩いた。学校から開放された喜びを身体いっぱ
いにあらわし、楽しそうにお祭りに参加していた。
ところが、その中の一人、スパイダーマンが1人突然いなくなったのである。彼は
三鉢 麻耶の同級生で、草薙(くさなぎ)強と言った。
「彼がいなくなったって、どうして分ったの?」
「麻耶の親友の鈴木由香の携帯に彼からメールが入ったんだよ、『今日の仮装大
会でこれまで俺をいじめた奴らを見返してやる』ってね。それで由香ちゃんが彼が何
かやらかしそうだと慌てて会場に駆けつけたのさ。彼はスパイダーマンに扮している
事が分り、俺は由香ちゃんといっしょに探していたんだが、3丁目で見つけた途端に
彼は突然行列を離れて雑貨デパート、サンチョパンサの屋上へ向ったんだ」
「それで?」
半井嬢は先を急ぐ。
「後を追いかけたんだが、ご承知のようにあの店は商品が所狭しと並んでいてね、
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おまけに狭い通路に客もいっぱいだから後を追うのが大変。相手は若いがこちらは歳
だからあごが上がってね、つくづくおのれの体力の限界を感じたよ」
「屋上まで行ったの?怖いわ」
「行った、そこで取り押さえたんだ」
「彼は飛び降り自殺でもしようとしたの?」
「いや、屋上からビラをまこうとしたんだ」
「何のビラ?」半井嬢はなおも畳み掛ける。
「『中国の餃子事件で僕のお父さんは悪くない、日本人のために一生懸命働いている
りっぱなお父さんだ』と書いてあった」
「中国の餃子事件?」
「彼のお父さんは中国の青島で日本向け餃子工場の工場長をしているんだって・・・
・・・そこに1月の中国の毒入り餃子事件が起きただろう。日頃父親の自慢をしていた彼
はこの事件をきっかけに同級生にいじめられるようになったんだな」
「中国製の餃子は日本中が大騒ぎですものね・・・・・・」
「食品を何でも輸入に頼っているつけが回ったのさ・・・・・・話を元に戻すと、彼は父親
の汚名挽回を考えたらしい・・・・・・彼は取り押さえられた後、由香ちゃんの胸でわいわ
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い泣いていたよ、由香ちゃんのTシャツが仮面の絵の具で真っ赤っかさ」
「可哀想に、気持ちは分かるけど、やる事が子供っぽいわ。でも良かったわ、身を投げ
なくて」
半井嬢が安心する。
「そうなったらたいへんだったさ、教育委員会どころじゃない、警察に出頭さ」
「良かったわ、毎回何かかにかあるわね」
「団体旅行じゃないけれど、何事もなけりゃ思い出も残らないからね、ぎりぎりセーフも
良しとしなければ・・・・・・」
とは言いながら、(ひとつ間違ったら)と思うと神田の心中はおだやかではなかった。
思えば今日は3月31日、神田が春北商会を辞めてここ猫じゃら工房に来てからちょ
うど1年になっていた。
「お早う、2人で何の話をしているんだ?」
そこへ木枯社長が出勤してきた。
「お早うございます」
神田と半井嬢の2人は同時に挨拶する。
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