いよいよ運命の8月11日、猫じゃら小路新鮮組の隊員募集の日がやって来た。
去る7月29日に行われた参議院選では自民党が惨敗、公明党が大敗、民主党
が約2倍の60議席を獲得、今後の政局を左右する結果に日本列島が揺れに揺れ
ていた。そんな不穏な空気の中での実施であった。マークとロゴ「猫じゃら新鮮組」
のTシャツへのシルクスクリーン印刷もすでに終えていた。
8月6日、神田はマスコミへ猫じゃら新鮮隊の趣旨書を投げ込んでいた。その日以
降、猫じゃら工房には新聞社やラジオ局からいくつかの電話取材があった。ラジオの
放送は聞いていないが、幾つかの新聞の情報欄に申し訳程度の記事が載っていた。
(はたしてどれだけ応募してくれるか?)
そんな思いを胸に、神田大助は募集受付の2時間前、午前8時に猫じゃら小路1丁
目の仏壇屋 蓮華堂の店の前に立った。すると、店の前には会議用テーブルが3本並
んでいた。 そして、金森支配人と半井嬢、猫じゃら小路商店街振興組合の佐藤、佐々
木、高橋理事3人と黒川事務局長がテーブルに座っていた。
「主催者が遅いんでないかい?何をすればよいのさ?」
神田の顔を見た彼らは異口同音に叫ぶ。
「悪い悪い、朝早くからありがとう」
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神田の胸に熱いものがこみ上げる。
「もう婆さんの申込者が来ているんだ、何でも木枯社長のカラオケ仲間らしいですよ。
倒れたら困るからうちの店で座っていただいています。」
金森支配人がガラス越しに店内を見ながら話す。
「年寄りは朝早いから、参っちゃうね」
ちょん月食堂の佐藤若社長が笑う。
「それじゃ、皆さんのご厚意に甘えて仕事の分担をお願いします。体格が頑丈なメ
ンズ・ジーンズの高橋社長さんには整列係、事務的に堪能な黒川事務局長には会員
登録受付係、優しそうなちょん月食堂の佐藤若社長にはTシャッなどの渡し係、全体
の流れをコントロールする運行係にサッポロジャガービアホールの佐々木支配人
にお願いします」
午前10時から1時間の一本勝負である、到着順に申し込み用紙を配り、各自記入
してから並んでもらうなど、手際良くやらなければ混乱が生ずる恐れがある。
「私らは何を?」
名前を呼ばれない仏壇屋 蓮華堂の2人が不安がる。
「金森支配人と半井さんには私の助手をお願いします」
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「私は何をしますか?」
いつの間にか春北商会鰍フ高木まり子が神田の傍に来ていた。
「あなたも?」
「北山修三さんに聞きました。北山さんも来るって・・・・・・私にも何かお手伝いさせて
ください」
「それじゃ、ジジババが多いから、老齢者介護係、いいですか?」
神田がとっさに高木まり子の仕事を思いつく。
「お任せください」
少し痩せたダッコちゃんが微笑む。
「神田さんは何をするんですか?」
佐藤若社長がテーブルに三種の神器(Tシャツとゴミ袋と軍手)を並べながら神田
に問いかける。
「私、神田はマスコミ対応です」
神田はみんなに聞こえるよう大声を上げる。
時間の経過とともに4丁目付近から1丁目にやって来る応募者の数は増える一方
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である。またその光景を見て「何事か」と集まってくる野次馬の群れが後を絶たない。
この様子を映そうと、TV局のカメラマンが脚立によじ登っている。
そのうちTV局の記者が受付にやってきた。
「猫じゃら工房の神田さんはどちらですか?」
「そこの白髪の赤ら顔の人です」 黒川事務局長が神田を指差す。
「さっぽろTVの君島です、いくつかの質問を・・・・・・」
君島が神田に話しかけると、
「君島、ひとりでやらずに共同でやろうや」 近くの記者が声をかける。
「分った、神田さんよろしいですね?それじゃお手数ですがこちらの方へ」
君島は早世川沿いの道路を横切り、工事中の空き地に神田を誘導する。どうやら
猫じゃら小路のアーケードの看板「猫じゃら小路1丁目」を背景に神田を下から撮りた
いようだ。その後を面白いもの見たさの野次馬がぞろぞろ続く。
「それじゃあ、みなさん、始めますよ」
さっぽろTV局の君島が周囲の記者を見回す。
「それではこのイベントを企画した猫じゃら工房の神田事務局長に話を伺います。そ
もそも『猫じゃら小路 新鮮組 』と名付けたのは?」
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