そう思いながら神田はそのまま先に進む。 続いてゲームセンターの「タトー」、紳士
服でおなじみの「高九」があり、1軒置いて最近薬の通販で話題の「マツモトキヨシ」が
ある。
ここで振り向いて右手を見ると、インド民芸店があった。店頭や店内には赤や黄の
原色が飛び交う。
(何か変だな?)
他の場所にあればどうって事はないインド民芸店だが、神田は言うに言われぬ違
和感を感じて周囲を見回す。上の行灯を見ると、2階はサンチョパンサ、3階と地下
1階は菊谷と書いてある。
(そうだ、ここは楽器専門の「菊谷」だ。1階はL字型になっていて、入って行くといつ
の間に東の入口に出たはずだ)
しばらく来ないうちに、1階と2階が他の店に変わっていた。
(これが違和感の原因だ)と神田はようやく納得した。
続く学生服の「青塚」は健在だった。
2丁目は3丁目と同様人通りが多く賑やかである。どちらも安売り屋サンチョパン
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サとガルズプラザ(元の金一館デパート)に挟まれているからである。
ここ2丁目は老舗の店が最も多くあり、今もほとんど健在である。左手に「サツポロ
タイガービアホール」と刃物の店「宮分」がある。
向かいに洋服の「かとう」、「みたらしギョーザ」がある。少し離れて閉店した蕎麦屋
「川福」が入っていた川福ビルも見える。
川福ビルの左隣にお化け屋敷の入口のような、安っぽい、けばけばしい看板の「遊
び工場」がある。サンコービルの入口であった。右上の行灯には、「スパサウナ・カプ
セル、サンコーリフレ」とある。
(サウナ風呂は今もやっているんだ。昔は映画館もあった。『遅くまで酒を飲んで帰る
タクシー賃がなくなったら、ここに来てサウナ風呂で朝まで時間を過ごす』と、友達が
よく言っていたな。そういう客が多いから今はカプセルホテルも併設したのか)
神田は酒飲みの川口の顔を思い出していた。
振り向くと向いに花の「奥村」と洋品の「紅谷」がある。花屋の奥村はごく普通の店構
えだが、紅谷の2階部分を前面に覆う大きな看板は、まるでディズニーの漫画のタイト
ルのようにど派手で、上だけ見るとまるでおもちゃ屋さんに思える。
左側の最後は「ガルズプラザ」で、元 金一館デパートである。昔から近郊の農家が
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よく買い物に来た所で、名前と経営者が変わってもその客層が変わらない。ちょうど雪
解けの季節で、長靴を履いた農家の夫婦が猫じゃら小路に面した入口で靴やハンド
バックやジャンパーを品定めしていた。
いよいよ猫じゃら小路も最後の1丁目に入った。さすがに人通りも少なく、閉めてい
る店もあり、うらぶれた感じは否めない。
歩いているうちに神田は1丁目のちょうど真ん中に信号のない交差店がある事に
気付いた。角井今井デパートの駐車場やテレビ塔につながる中小路が南北に走って
いるのである。時々荷物を積んだ軽トラックが行き交う。
(この南北の分断が商店の連なりを途絶えさせ、1丁目を寂しく見せているのか)
神田はそう思いながら信号のない交差点で立ち止まる。左角にメンズショップ「角
藤」、その斜め向かいの角に 「質草屋」が大きく店を構えている。
信号のない交差点を渡ると、「加藤印舗」と「海藤印舗」が左右に向かい合って店
を張っている。同じ業種でしかも名前まで似ている。それだけ昔は猫じゃら小路商店
街も隆盛で判子やゴム印の需要があったのかもしれない。しかし、今や両店舗ともく
たびれて入口のガラス戸も埃をかぶっている。黄色やピンクの旗が春風に悲しげに
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なびいていた。
左手には男性向け衣料品「ざ・めんず」と同じく男性向けジーンズ・ショップ「メンズ・
ジーンズ」が並んでいる。振り返ると「作業着の長井」がある。」
右手の終点は「仏壇屋 蓮華堂」である。神田が猫じゃらサービスに転職すると、こ
の蓮華堂の2階に居候する事になる。神田は改めて蓮華堂の周辺を見る。建物の左
側の壁は早世川に面しており、間口三間奥行き一間半の片屋根の店が出っ張ってい
た。トタン屋根の上には「○○靴店」の色あせた看板が見える。ガラス戸の中を覗くと
靴屋の残骸が散らかったままである。どう見てもこの店の大家は蓮華堂である。
「これは立川社長さん、もったいないよ」
神田は思わず呟いた。
猫じゃら小路を10丁目から1丁目まで一気に歩いて来た神田は猫じゃら小路のは
ずれから東を見る。早世川跡をはさみ向こうに東1丁目以東の街並みが見える。早世
川沿いの道路はトンネル化工事が進んでおり、残雪の中、土木機械がうなり声を上げ
ていた。
「俺も生まれ変わるか?」神田は大きく息を吸った。
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