ネクタイをしていた。
「今頃何を言っているんだ、昨年末から話題になっていたろう」
そう言いながら応接セット兼会議用テーブルに席を移す。木枯先輩のこのいでたち
に黒い帽子をかぶせ、葉巻をくわえさせりゃ、まるでアル・カポネである。
「最近はめったに猫じゃら小路に来ないから、気にならなかったのかなぁ」
赤いジャンパーを脱ぎながら神田が呟く。
「川福は跡継ぎがいないので店をたたむのさ。今の猫じゃら小路商店街はどこもそ
うさ、老齢化が進んでいるのさ」
「ところで、私はここで何をするんですか?」
「この間、俺のぽん友の立川の事を話したろう。ここ仏壇屋 蓮華堂の社長で猫じゃ
ら小路商店街振興組合の理事長さ。その立川が組合の理事会にいろんな提案が出
来るようにアイデアを提供するんだ。彼の私設ブレーンになるのさ」
「先輩は何をするんです?」
「俺にアイデアを出せって言ったって、与太話ばかりだからな。俺はお前の監督さ、
昔から知っているが、お前は時々暴走するからな」
「それは先輩譲りですよ。しかし、これだけの事業をやっているのだから、振興組合
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には事務局があるでしょう?」
「あったって、毎日の仕事に追われて新しいアイデアが出てこないのさ、役所と同じ
さ。この頃はこの商店街もまったく活気がないだろう?」
木枯先輩は鼻毛を抜きながら話している。
「それで私の給料は何処から出るんですか?」
「蓮華堂不動産さ、あいつはこの辺の土地や建物をいくつも持っていて、今や本業の
仏壇屋より何十倍の利益を上げているのさ。お前は蓮華堂不動産の社員として給料
をもらうのさ。一種の税金対策でもある」
「あんたの報酬は?」
神田は図々しく先輩の報酬を詮索する。
「俺は前にも言ったようにボランティアさ。あいつの酒飲み友達だ、あいつに時々飲
ませてもらえばそれで十分さ、何しろ俺は金に困っていないからね」
そうこう話しているうちに、1人の年配の男がやってきた。
「遅れてすまない、木枯君、待たせたかい?」
どうやら木枯先輩は立川理事長に神田を引き合わせる約束をしていたらしい。
「いやいや、立川、相変わらず忙しそうだな。紹介しよう、いろいろ考えたが、お前の
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ブレーンにするにはこの神田がいちばんだ。俺と一緒で少し変わってはいるが、なか
なか有能だよ」
木枯先輩が神田を紹介する。神田は慌てて立ち上がる。
「神田です、こんな格好で失礼します。よろしくお願いします」
「立川です、神田さんには無理なお願いをして恐縮です」
立川理事長はそう言いながら木枯先輩の隣に腰掛ける。彼はちょっと小柄だがス
マートでハンフリー・ボガードみたいに苦みばしった良い男である。趣味の良い背広と
ネクタイがその人柄を表している。木枯先輩とは月とすっぽんである。
「とは言ってもまだ決心したわけではありません、今日はお話を伺いに来ただけです
から・・・・・・」
「立川、お前忙しいんだろう、この俺からあらかた話してあるが、一応依頼主の立場
から要望を話して帰りな、後は俺がフォローしてやるよ」
「それじゃ、お言葉に甘えて・・・・・・」と立川が話し出す
「神田さんもご存知のように、平成15年、西暦だと2003年ですが、さっぽろ駅前
に小丸デパートとショッピングセンターが出来る事になりました。この計画を聞いたわ
が猫じゃら小路商店街振興組合はそれは一大事と言う事で、その対策として、平成
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14年にアーケードを大改修しました。その時、光ファイバーと無線LANによる組合内
のLANを構築いたしました。 また合わせて、LEDの掲示板、防犯カメラ、高速イン
ターネットなども設置してマスコミに大々的にPRしました」
ここで立川理事長が一息つく。
「これでお客様の目をこの猫じゃら小路商店街に再び向けてもらえるとの考えでし
た。猫じゃら小路商店街の新しいアーケードも最初の1年目は物珍しさも手伝ってお
客様が増えました。ところが、翌年、先ほどの小丸デパートとその周辺のショッピング
センターが完成すると、その集客力は想像以上で、人の流れが大きく変わりました。
その勢いは年々大きくなり、大通の角井今井、四越デパートは大きく人波が減り売上
が落ち込んできました。この猫じゃら小路商店街も同様で、大変な危機に陥っていま
す。大通南の商店街はそれぞれいろいろな対策を講じて来ましたが、効を奏せず、
客足が遠のくばかりです」
「駅前商店街がこんなに流行るとはね」
木枯先輩が合いの手を打つ。
「そうですねぇ、同じ駅前でも西急デパートや壱番館西部は大苦戦しています」
駅前の会社に勤めている神田も相槌を打つ。
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