きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー
  喫茶店の出前を信じていた神田大助は思わずこけそうになる。
 「2つで300円です」
 「1個140円ではないのか?」
 「20円は配達料です」 半井嬢はいたずらっ子のように肩をすくめる。
 「そうか、ありがとう」 木枯社長はにっこりうなづいてお金を渡す。
 「またどうぞ」 こっくり頭を傾げて彼女はもどって行く。
 「この頃の娘にしては化粧も控えめだし、美人で賢い娘だよ。良い事務員になるよ。
さあ、あったかいうちに飲め、俺のおごりだ」
  と自分から缶コーヒーに手を出す。

 「ところで、何の話だったっけ?」
  コーヒーを一口飲んで木枯社長が照れたように後輩の顔を覗き込む。
 「年取ると嫌だね、もう忘れたの、私の骨を拾う話だよ」
  神田がにんまりと言葉を返す。
 「そうそう、それだよ。この間、北国運輸鰍ヨ行ったら竹内がいてさ、お前が定年
前に春北商会鰍辞めるんでないかって聞いたもんだから、俺が拾ってやろうかと
009

思ってね、彼にメールを打ってもらったんだ」
  竹内は神田の前の地域販売部長で、2年前に北国運輸に再就職していた。
 「もうそんな話が木枯先輩の耳に入っているのですか?」
 「入ってるも何もないさ、お前は口が軽いから・・・・・・今週は春北商会鰍燻d事始
めだから、この分では、人事担当者や役員にまできっと伝わっているぞ」
  酒を飲まないから酔って記憶をなくす事もない神田だったが、昨年暮れの忘年会
の2次会で誰かに話したのかもしれない。春北商会鰍フ社員達はこの手の話が大
好きである。木枯先輩の言う状況になっている可能性が大である。
 (だからと言って・・・・・・) 神田は逡巡していた。
 「こうなったら後戻りは出来んぞ、この辺で覚悟を決めなきゃ」
 「そうですかねぇ、少し考えさせてください・・・・・・」
 「別に急いで決めなくても良いんだ。雀の涙しか給料は出せんが、いつでも雇って
やるよ。安心して帰りな、用があったらここに電話しな」
  と木枯先輩が猫じゃらサービスの名刺をくれる。
 「うん」
  神田大助は釈然としないまま階段を降り、仏壇屋 蓮華堂を出る。
010

 「お疲れ様でした、またのお越しをお待ちしてます」
  神田の背後から、美樹ちゃんの甲高い声が追いかける。

  翌週、札幌駅前の雑居ビルにある春北商会鰍ノ行くと、神田の辞意があまねく
伝わったのか、会う人ごとに「決心したかい?」とたずねられたり、意味ありげな表
情をされた。
 「まいった、まいった」
  地域販売部長という自分の席に戻った神田はそう思いながらも(そろそろ俺もこ
の辺が潮時かな)とも考えていた。
  春北商会鰍ヘ世間の例に漏れず、人件費抑制を目的に早くから年齢給を取り入
れていた。結婚年齢が内地府県より早い北海道では50歳を過ぎると子供が片付く
という理由で、その後はほとんど昇給しない仕組みになっていた。したがって健康
保険料や住民税が上がると実質所得は前年よりマイナスになる。
  ふだん、役員や上役に言いたい事を言っている神田にはもうこの先昇進の道は
ない。
  また何よりも苦痛なのは勤務時間が終ってからの事である。
011

  神田は仕事柄1週間に1度ぐらいお客様との会食がある。神田は酒は飲めない
がこれも仕事だと割り切ってつきあう。  しかし、お客様との会食がない日にも、上
司の島谷マネージャーから酒をつきあわされるのである。
  島谷は午後3時を過ぎてもお酒を誘うお客さんが来ないとなると、
 「今日は暇だ、暇だ」と周りに聞こえるように言う。
  みんなは影で「暇や」マネージャーと呼んでいた。
  それが毎日続き、かつつきあうと決まって午前様になる。酒の飲めない神田に
は辛い仕事である。途中で上司を置いて帰ると怒り出す。これは仕事でない。
  たまに家庭の用事を理由に拒否すると翌日ねちねちと嫌味を言う。神田は、「あ
んたには家庭がないのか?」と言いたくなってくる。
 (島谷マネージャーは土日、祝日も喜んで出張する。あいつは家庭が崩壊してい
るに違いない。あんたの家庭は壊れてもいいが、部下の家庭まで壊さないでくれ)
  いつもそう思っていた。
  いかに月給のためとは言いながらこんな毎日がつくづく嫌になっていた。
 (『会社を辞めたい』と言ったらかみさん怒るかな?)
  神田の脳裏に、優しく辛抱強いかみさん美代子の顔が浮かぶ。
012
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第1話 仏壇屋 蓮華堂  その3 ★★★






















           

         




































































































































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