高橋君が店のアルバイト嬢に声をかける。
「ところで先輩、また薄くなりましたね?」
晴海君が声をかける。
「そういう君だって髪の毛が少なくなってきたぞ」 早川がやり返す。
「久しぶりに会うなり髪の話?いやねぇ」
そんなたわいのない話をしているうちにビールがやってくる。
「それじゃあ、皆さんの健康を祝して乾杯!」
年長の高橋君が音頭で早川を囲む会が始まる。
「早川先輩、町内会には禿やかつらはいないの?」
晴海君がまだ髪の毛にこだわっている。
「白髪を黒く染めている人はいるが、かつらはほとんどいないと思うな、みんな年
金暮らしだから・・・・・・女性軍は分からないな」
早川が答える。そこへアルバイトの女性が、
「釧路産ホッケの一夜干しです」
と言って次の肴、3枚に下ろして干したろうそくぼっけを持って来る。
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「釧路?」
晴海君が何かを思い出したようだ。
「釧路と言えば、昔こんな事があったな・・・・・・ある時出張で釧路支店へ寄った
ら、頭が真っ黒でふさふさ生えている中年男性に声をかけられたんだ、『本店時
代はお世話になりました』と・・・・・・一瞬誰だか分からなかったが、よく見ると経理
課にいた佐伯係長さ」
「あのつるっ禿げの佐伯さんか?」 高橋君が問いただす。
「そうなんですよ、釧路支店に転勤と同時にかつらをかぶって赴任したんですね、
こちらはそんな事知らないから、笑うに笑えなくって・・・・・・」
と晴海君が楽しそうに話す。つるっ禿げの佐伯係長を良く知っている一同は大笑
いをする。
「佐伯さんも考えたもんだ。最初からかつらをかぶって出勤すれば釧路支店の女
子社員は佐伯係長は毛がある人と思うよな」
と晴海君が解説する。
一同ひとしきり笑い終えてから、
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「毛がある人には何でもない話だが、ない人にとっては悩みの種さ。うすくても俺
は気にしていないけど・・・・・・」
早川がそう言ってお酒を飲む。
「地下鉄で階段を下りる時、頭のてっぺんが透けて見える人がいるもんね。本人
は気付いていないからいいようなもんだけど・・・・・・」
そう言いながら晴海君がお代わりしたビールのジョッキを傾ける。
「あら、そんな事ないわよ。毎日鏡を見て人知れず悩んでいると思うわ・・・・・特
に女性にすれば大変な事よ・・・・・・」
大木女史が晴海君の顔を見る。
「それにしてもかつらと白髪染めのCMは多過ぎるよ。これでもかって言うくらい
頻繁に流れているよね?こんなに若返りますって・・・・・・『リンゴをかじると血が出
ませんか?』と同じだよ、まるで脅迫さ」
と高橋君が怒る。
「あっ、デンターライオンのCMですね?先輩も例え話が古いっすね」
晴海君が上げ足を取る。
「晴海、五月蝿い!」
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高橋君が晴海君をにらみつける。
「それだけじゃないねぇ、高齢者をねらってサプリメントの通販戦争さ。テレビをつ
けると朝から晩までそんなCMばっかりさ、画面は爺いと婆あばっかりで嫌になる
よ」
家にいてテレビを見る機会の多い早川が話す。
「宝潤とかなんかの類ですね?先輩は何か飲んでいるんですか?」
「俺が飲んでいるのはお酒と煙草のみさ、神さんは宝潤と成分が同じで安い物を
飲んでいるようだが・・・・・・効いているのかいないのか俺にはわからん、鰯の頭も
信心から、とも言うからね」
そう言って早川は日本酒をぐっと飲み干す。
「ところで最近の年寄りのファッションにはへんちくりんなのもありますね?」
と晴海君が話す。
「本当だね、たまに地下鉄に乗ったりデパートへ行くと、どうなってんのかと思う格
好をしている年配のご婦人がいるね。カラフルでしかも中高生に似合うような若々
しい服を着ている人がいるよ。まるでAKB48さ」
と早川が嘆く。
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