て、その一つが佐竹会長名義になっていた、と言うんだ。考えられんだろう？その
会長名義の口座の約２００万円が行方不明だと言う話さ・・・・・・俺が考えるに、こ
の金は会長の裏金として選挙工作に使われたんじゃないのかな？それじゃなけ
れば８期も再選されないと思うな・・・・・・このからくりは会長１人で出来る訳がない
から他にも誰かが関与していたはずだが・・・・・・噂になったところを見るとどこか
で仲間割れしたのかも知れないなぁ？」
　想像を超えた話に早川は思わずごくりと唾を飲む。
　「それでどうなったの？」　早川が先を急ぐ。
　「これがもし明るみに出ると大事件さ・・・・・・本人はもちろん関係した人間も横
領で刑事事件になるし、監査していた監事も責任を問われるし、町内会会員も
黙っちゃいない・・・・・そんな事も考えて誰かが佐伯竹元会長に引退を迫ったん
じゃないの？」
　「そんな馬鹿な？」
　「そう言っても、もし会長以下三役が任期途中で総辞職したら『どうしてだ？』と
問題が外部に漏れるし、町内会は脱退者が続出し解散だよ。また監督官庁とい
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うか、町内会に地域振興助成金を交付している札幌市市民町づくり局市民自治
推進室の指導力も問われるし面目丸つぶれさ・・・・・・そんなこんなで、問題を隠
蔽すべく誰かが動いたとしか俺には考えられない」
　「それは事件のもみ消しで、１町内会員としては納得いかない話ですね」
　と早川は冷めた硬い砂肝をかじる。
　「今の話はあくまでも噂と想像で、真偽のほどは分からんよ。誰も見ていないし、
証拠もないし、会長や関係者と思われる人が認めたわけでもないし・・・・・・ここ
だけの話で口外は禁物だよ」　と古谷は早川に釘を刺す。
　「ただ、この噂が広まった後、役員選考委員会で佐竹会長は自ら辞意を表明し
た、これは間違いのない事実さ」
　古谷はそう言って生のニンニクをかじる。

　古谷の話はその後の体制についても続いた。
　佐竹会長に替わって次の会長になったのが、元教員で改革急進派の砂沢で
あった。しかし、彼はおかしくなった町内会の体質を正常にしようといろいろと試
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みたが旧勢力の手ごわい抵抗に会い、志半ばで２年後に退陣した。
　続いて登場したのが、穏健派と呼ばれる畑中であった。元郵政局に勤めてい
たという彼は、温和で人付き合いもよく、他人の話もよく聞き、改革派と旧勢力の
どちらからも人望があった。役員間の意思の疎通も生まれ、ようやく町内会が正
常に運営されるようになった。そのため彼は会長を３期６年勤めた。
　畑中は福祉活動など町内会には女性の力が欠かせないと、女性の町内会参
加を呼びかけ、女性理事の数を増やしていった。しかし、古い男性理事の中には
女性理事の割合が増えたり、三役や部長就任を快しとしない保守的な者もいた。
　その１人が当時体育部長の大林である。彼は町内会の役員になる前は情報
会社に勤めていたと言うが、真相は分からない。彼は畑中会長時代、苦労して
総務部長のポストをようやく手に入れたが、畑中会長と意見が合わず体育部長
に戻された。この恨みがあったのか、大林は磐石な畑中体制を何とか破壊すべ
く、同じ不満分子の田部理事と手を組んだ。
　田部は元官公労の幹部をしており、選挙工作には長けていた。機会あるごとに
畑中会長のあら捜しをしては理事会で指摘した。また女性理事のある事ない事を
でっち上げ、みんなに伝わるよう影で吹聴して歩いた。当然選考委員の選出にも
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田部が露骨に関与し、大林派を増やすとともに畑中派には個人的な弱点を調べ
上げては脅しをかけた。大林と田部の選挙工作はそれくらい狡猾だった。
　２人の露骨な畑中下ろしの選挙戦に長年畑中会長を支持してきた玉置副会
長以下女性理事はパニックに陥った。玉置副会長は大林部長が会長になると
ファシズム（独裁体制）になると、畑中支持への結束を女性理事に訴え、「畑中
会長が負けたら女性理事は全員辞める」という内容の血判状まで回した。
　しかし玉置副会長以下女性理事の最後の賭けは外れて、大林が会長になっ
た。田部は汚い選挙戦への批判が渦巻くのを恐れたのか、改選後理事を辞め
た。これはある意味では大林会長が当初から考えていたシナリオだったのかも
しれない。

　焼き鳥屋の片隅で古谷と早川の話はまだ続いていた。周りの客は少しずつ
減ってきている。
　「それで私が２年前に理事になる直前に女性理事を中心に理事が大量に辞
めたんですね？」
　早川は自分が理事に口説き落とされた理由が今になって分かった。
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