い綱を両手で抱えてゆすり鈴を鳴らした。暗い夜空に鈴の音が溶け込んでいくよ
うであった。
(あの頃はいったい何をお願いしたのだろう?)
今となっては思い出せない。お参りの後、かじかんだ手を篝火で暖めそれから
帰った記憶があるのみである。
(大晦日の深夜の神社参拝、あれは何だったのか?信仰でもなく、遊びでもなく、
子供らがやっていたから自分もやっていただけかもしれない)
早川も信仰心がなくはない、先祖や親を敬う心は人並みだと思っている。しかし、
神頼みや仏頼みは嫌いである。入学試験も就職も結婚も神様にお願いした事はな
い。どれも努力の結果だと思っている。
早川は東山に住んで東山神社の寄付をしていても、神社がどこにあるのかしば
らく分からなかった。自宅より山の方へはめったに行かなかったからである。
子供達は東山神社のお祭りについては、友達から聞いて知っていたはずだが、
琴似神社の方が縁日も大きいと、東山神社には行っていなかったようである。
新年の参拝と言えば家から比較的近い北海道神宮へ家族で行っていた。
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そもそも東山神社に関しては、入植以来ここに住んでいる役員と早川のように後
から入って来た役員の間には大きな意識の差があるのは当然で、寄付金集めに
ついても賛否両論があって不思議ではなかった。
しかし、神社の寄付金集めの是非を問う話は東山町内会の理事会の中だけで
は終わらなかった。
年が明けた2010(平成22)年4月、町内会の定期総会でこの問題が噴出した
のである。
数人の会員がこの問題について発言する。その主旨は、
「町内会会員には信教の自由があり、町内会の組織を使っての東山神社の寄
金集めは憲法違反である。ただちに改めて欲しい」 というものであった。
大林会長以下の執行部の中には東山神社の氏子もおり、会員の意見をそのま
ま肯定するわけにもいかない。
大林会長は、
「そういう事はよく分かります。しかし、東山神社は宗教というよりむしろご開拓に
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入ったご先祖様の神社であり、ここに住むみんなの魂のよりどころであり、これを尊
ぶのはもっともな事であります。したがって東町地区のどこの町内会も協力してき
たわけです」
と、のらりくらりと返答する。
最初の質問者はこの大林会長の答弁に納得するわけがない。
「われわれは今後の話をしているわけです。東山町内会は今後も東山神社の寄
付金集めを続けるんですか?どうなんですか?」 質問者がなおも食い下がる。
大林会長は返答に窮しながら助けを求めて坂本総務部長の顔を見る。
「日本では昔から神仏混合といって、どこの家庭でも神様と仏様は同居していま
す・・・・・・何もおかして事ではないと思いますが・・・・・・」
坂本総務部長は町内会による東山神社の寄付集めを正当化しようとする。火に
油を注ぐような話である。すると、
「キリスト教徒は神棚を飾っておりません。そんな事を聞きにきたのではない。町
内会は規約に公正・公平・中立をうたいながら今後も東山神社の寄付集めを続け
るんですか?この場ではっきりとお答えいただきたい。」
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と今度は別な人が発言する。
この質問にひな壇の執行部はにっちもさっちも行かなくなる。お互いに顔を見合
わせて誰かがうまく答えてくれないかと様子を見ている。パソコンで言えばフリーズ
してしまったのである。
気まずい空気が漂う。
(このままではまずい)
そう判断した坂本総務部長がしばらくして口を切る。あたかもこの問題が今日
初めて指摘されたかのような顔をして、
「たいへん重要な問題ですので、執行部で再度協議いたしまして・・・・・本日の
皆さんの意見が反映されるようなお答えを用意させていただきます。結果につい
ては後日『総会の問答集』として回覧させていただきます。○○さんよろしいです
ね?それでは時間も大幅に経過しておりますので次の質問を承ります」
坂本総務部長はいつものように一方的に話を打ち切り、次の話題に切り変える。
質問者はこのやり方に不満を抱きながらも、執行部の困った様子を見てこれ以
上攻められないとしぶしぶ観念する。
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