「まずは1回会場へ行って来るよ。下ろす人達も続いて公園に来てよ」
山田分会長はみんなに声をかける。山田分会長は運搬担当なのか、トラックに乗
り込み、自ら運転して出て行く。
「あんた、行きな!」
その時、高木が早川の顔を見る。
「行かないの?」 新米の早川は疑問を呈する。
「俺はここに残り、次の積み込みをするから・・・・・・」
すでに疲れた様子の高木が早川に言う。早川は公園へ歩くだけで汗が出てきそ
うだが新米なので先輩の言う事を聞くしかなかった。
確かに、会場へ運ばなければならない物は、長い会議用机30本、折りたたみス
チール椅子40脚、焼そばとおでんの材料を入れたダンボール、盆踊り参加者への
景品、アンプとスピーカー、太鼓やその台など、たくさんあった。
早川は他の理事とともに会場のクリーン公園へ向かう。気温はどんどん上昇し、
首に巻いた手ぬぐいがたちまち濡れてくる。
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会場に着くと、手前右手に大きなダンボールの山がある。
「生のとうきびか?こんなに茹でるのか?」
早川は打ち合わせで650本売ると言っていたのを思い出していた。
荷物を積んだトラックは縁日を出す場所の手前に停まっていた。地面には各出店
の地図が白いライン引きで描かれている。町内会の縁日を出すテントはいちばん手
前である。まずは後からトラックに積んだコンロや鍋などの調理器具を下ろす。
「テントの支柱はテープの色ごとに置いていってね」
山田分会長は荷台の上からみんなに指示する。トラックは最初に町内会の縁日
用の1張り分を下ろすと少しずつ隣に移動していく。
坂本総務部長がいつの間にか現れ、トラックから下ろしたばかりの支柱の紐を
解いてゆく。
「はい、これが奥行きの柱と張りですから、これをまず両脇と真ん中に置きます。
次に、この上に屋根の三角部分を差し込みます。そして各支柱の前後に横の張り
を差し込みます」
まるで独居老人の独り言のようである。みんなは暑いので返事もせずに身体を
動かしていると足元にテントの三角屋根が出来上った。
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「そしたらシートをかけて・・・・・・まずは支柱のところだけ紐で縛ります。はい、い
いですね。それでは持ち上げますよ。6本の支柱に1人ついてください。私が声をか
けたら、みなで同時に持ち上げますよ。いいですか?いきますよ、せーのっ!」
坂本総務部長の掛け声で何とかテントが立ち上がる。
「出来ましたね、それでは支柱の筋交いをしっかりと留めて、テントシートの端につ
いてる紐を鉄骨に縛っていきます。これでテントは完成です」
坂本総務部長はしてやったりとみんなの顔を見回す。
(坂本総務部長も教え方はうまいじゃん、会議もこのように余計な事を話さなきゃ
うまくいくのに・・・・・・)
早川がそう思いながら他のテントを見ると、順調に完成していた。
万国旗と提灯が四方に張られたやぐらが中央にあり、周辺に縁日のテントや舞台
が完成すると、お祭りムードが一気に漂う。
ひと段落すると、爺さん達は木陰に向かい、第2弾が来るまで一息いれる。早川も
木陰に入り、汗でしわくちゃになったタバコを取り出し一服する。気温が高くてタバコ
も不味い。
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「けっこうきつい仕事ですね?」
早川は隣の年配の理事に声をかける。例によって名前は覚えていない。
「そう、元気な人もいるが、私ら年よりは年々堪えるねぇ」
老人は手ぬぐいで顔をぬぐう。
「若い人達に町内会にもっと入ってもらわなきゃ?」
早川がそう言うと、
「それが若い人達がさっぱり入って来ないんだよ」と答える。
「どうして?」
「それが・・・・・・」 老人が言いかけると、
「第2弾が来たぞっ」
という誰かの声が上がり、話は中断してしまった。
暑さと労働で疲れた理事達がよろよろと立ち上がる。トラックの上の大量の机と
椅子を下ろし、所定の場所に配置して行く。
もたもたしていると第3弾がやって来る、縁日用の食材と盆踊りの参加者に配る
お土産である。
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