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イタリアかけある記

    
 (またしょぼくれた爺さんがやって来た)
  さっぽろ市の中央警察署に併設する中央優良運転者免許更新センターでは視
力検査官の服部早苗が入口から入ってくる初老の男を暇そうに見ていた。
  今日は平成21(2009)年6月5日金曜日、週末のせいかいつもより受験者が少
ない。
  定年退職者と思われる中肉中背のその男は年の頃なら60歳半ば、前頭部が
後退し残り少ない髪には白髪が混じっていた。男は黄土色のカーデガンの上に紺
色の薄手のジャンパーを羽織り、ショルダーバックを肩から提げていた。
  老人は入口近くの机で眼鏡を外し更新申請書類を作り、収入印紙を買って貼り、
右隣の交通安全
協会の会費を払っている。若い人はともかく老人のほとんどは次
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回の更新日を忘れないように交通安全協会の会費を払う。
 (いよいよ視力検査にやって来る)
  老人の動きを目で追っていた服部早苗が姿勢を正す。今日は暇なので4列ある
視力検査器の傍には2人の検査官しかいない。老人が寄って来る気配を感じ、服
部早苗が何気なく左手を見るとばったりと目が合った。相手は何故かたじろぐ。

 (婦人警官の退職者か?ヤバイ、これは落ちるかもしれない。女には情状酌量
の余地がないからな)
  おばさん検査官と目が合ってしまった早川四郎は今さら隣の男の検査官の列に
行けなくなってしまった。他に受験者がいないので逃げるわけにはいかない。早川
は不吉な予感に襲われた。
  早川は運転免許の更新のため5年ぶりに中央優良運転者免許更新センターに
来ていた。早川はデジカメとパソコンのやり過ぎで自分でも分るほどに視力は下が
ってきていた。前回の運転免許更新では、両目を使いかろうじて視力検査は通過
した。
  今回はかなり難しいと思いつつ、(前回のように両目が使えたらいいのだが)と淡
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い期待を持って、免許が切れる1ヵ月前に更新に来たのである。しかし、目の前の
女の検査官を見てからというもの、それも淡い期待に過ぎなかったと感じていた。

 「それじゃあ、始めましょう。器械に額をきっちりつけて」
 「はい」
  早川は誘蛾灯に誘われる蛾のように視力検査器を覗き込む。
 「これは?これは?」
  おばさん検査官が容赦なく畳み掛ける。しかし、早川はほとんど分らない。おば
さん検査官は早川をしっかりと見ており、前回の検査のようにこっそり両目を使う
隙がない。
 「わ、分りません」
 「それじゃあ、こちらへ」
  おばさん検査官は早川を一番右端に立てられている検査台の方に誘導する。
子供の頃学校の健康診断で良く見た2m弱の大きな視力検査台である。
 台から2mも離れた位置に立たされた早川は元婦人警官から目隠しのおしゃもじ
をあてがわれ、先ほどと同じ質問を受ける。結果は同じである。一番上の大きな丸
しか欠落部分が分らない。
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 「困ったわねぇ、よくこれで運転していたわねぇ」  おばさんは呆れた顔で呟く。

 「夜や雨の日は運転していませんでしたから・・・・・・」

  早川はもそもそと言い訳を言う。

  (これで万事休すだ)  早川の目の前に大きな暗雲が立ち込める。もし今回運転
免許を更新出来なかったら街中の本屋まではバスと地下鉄を使えば良いとしても、
町内会の仕事に支障が出る。
  とりわけさっぽろ市の広報紙を班長に配るには、距離はともかく軒数もあり重く、
自動車がないと不便である。自転車を持っていない早川は、今後雨の日も雪の日
も広報を手にぶら下げて、歩いて届けなければならなくなる。そう思うと早川はだん
だん憂鬱になってきた。
 「これではねぇ?とにかく一度眼科医へ行って目の検査をしてきて下さい。書類は
このままお持ちになってください」
  おばさん検査官が早川に告げる。
 「と言いますと?」
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第4話 運転免許一時停止  その1 ★






















           

         























































































































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