もっと大人数だったのよ」
「今は全部で15世帯くらいですよね?それがどうして?」
「斉藤さんの経営するアパートの町内会費や排雪費の徴収が悪いので班長が困っ
てしまって・・・・・・みんなで相談した結果、経営者の斉藤さんと所有するアパートを
ひとくくりにして分割して一つの班にしたの・・・・・・」
「そうだったんですか?」
「経営者だから班長になって当然よ、店子の面倒を見るのが当然でしょ・・・・・この
町内会には元の地主がアパートを立てて生計を立てている人が結構いるけど、みん
な文句を言わず班長になってきちんと町内会費や排雪費を徴収しているわよ」
加藤さんは憤然として大きな目をさらに開いている。
「なるほど」
「そういう経過があって一つの班に独立させたのにまったく分っていないのよ。行く
たびに『班長を辞めたい、辞めたい』ってだはんこいて(抵抗して)るの。だから町内
会費や排雪費を持って来るのはいつも締め切りの当日か翌日になるの・・・・・・わざ
とやっているとしか思えないわ」
「そうですか・・・・・」
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「他の班はそういう事はないから安心して・・・・・・でもこの班だけは覚悟をしておか
なきゃね」
加藤さんは不安がる早川を慰める。
「わ、分りました」
(加藤さんにいっしょに来てもらって良かった・・・・・・初対面であんな事言われたら
俺はなす術もない。加藤さんは見た目以上に勝気な人だ) 早川はそう思った。
「それじゃあ、私のお役目はこれで終りね。これから頑張って」
「お忙しいところありがとうございました、助かりました」
そう言って加藤宅で加藤未亡人を車から下ろす。
(やれやれ、どこの世界にも問題児はいるものだ)
早川はため息をつく。
想定外の出来事はまだあった。
町内会のほとんどの会議が夜に開催される事である。
会社を辞めて1週間経った早川は夕方になると何もする事がなく、毎日午後5時
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過ぎには晩酌をする習慣が付いていた。だからこれは大問題である。
(これではゆっくり晩酌も出来ない。町内会によっては昼間に会議をするところもあ
ると聞いている。どうせ退職して暇な人間ばかりだから昼間に会議をすれば良いの
に・・・・・・)
早川の気持ちが収まらない。
「今日の理事会は何時から?」
4月8日の朝、妻の景子が早川に訊ねる。
今日は4月29日開催の定期総会にかける議案を審議するとかで、新しく分会長
になる予定の早川もオブザーバーとして出席するよう言われていた。
「午後6時さ」
早川が面白くなさそうに答える。
「晩ご飯はどうするの?食べてから行く?帰ってから食べる?」
妻の景子は準備の関係もありさらに訊ねる。
「さあてどうしたものか?何しろ会議に出るのは初めてだから・・・・・・早く終わるの
か遅くまでかかるのか?あまり長いとお腹も空くし・・・・・・食べてから行くと、帰って
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からのお酒が美味しくないし・・・・・・」
とぶつぶつ言う。
早川は貧乏酒飲みで、お酒は空腹の時がいちばん美味しいと考えている。
「かと言って最初の理事会にお酒を飲んで行くとひんしゅくをかいそうだし・・・・・・
それが問題だ」
早川はハムレットのように腕を組む。
「どうするの?」 妻の景子が結論を急ぐ。
「帰ってから食べる事にするよ」
との早川の返事に、
「分った、会議が終わったら携帯で電話してね、帰ったらすぐ食べられるようにして
おくから」
と景子がうなづく。東町町内会館から自宅までは徒歩で10分である。
そして午後5時半になった。
居間で早川が酒を飲みたくて動物園の白熊のように行ったり来たりしている。隅で
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