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 「お父さんひげを剃ったら?」
  遅い朝食を取りながら早川の妻の景子が夫に声をかける。会社を辞めた早川
はひげを剃る気配がない。
 (白髪が混じったひげはむさくるしいし、みっともない)
  と妻の景子は思ってはいるが、そう言うと夫はなおさら反発するからそこまでは
口に出さない。
 「う、うん」  早川は気のない返事をして2階へ上がって行く。
  今日は平成21(2009)年4月2日である。昨日から毎日が日曜日になった早
川は娘が嫁いだ後空いた部屋を自分の書斎と称して占用していた。そしてパソ
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コンでぼんやりと時を過ごしていた。

  早川は会社を辞めたら「これからひげを剃らなくてすむ」と単純に喜んでいた。
  日本海を北上してきた遠い先祖に北方民族の血が入っているのか、早川は年
頃になると、腹や背中、脚に毛がびっしりと生えてきた。
  人目にふれる顔は特に目立ち、高校時代から毎日のひげ剃りは欠かせなかっ
た。大学時代は値段は高いが回転式3枚刃で早くひげが剃れるフィリップスの輸
入電気ひげ剃り器を使っていたくらいである。
  勤めてからは逆剃りも必要になり、当時出たばかりのジレットの新製品2枚刃の
ひげそり器に切り替え、未だに使用しているが、今では4枚刃5枚刃が主流となり
つつあり、2枚刃の替え刃もだんだん置かない店が多くなってきている。
  いちばん困ったのは二日酔いの朝である。そんな日にはひげを剃ると決まってあ
ちこちに剃り傷が出来た。その翌日も同じ場所が切れるのでなかなか治らない。だ
から土曜日曜日は傷が癒えるようひげ剃りを休むのが習慣となった。お正月休みも
北海道神宮参拝日以外はひげを剃らない。
 (40年間250日働いて、毎朝ひげ剃りに20分間時間を使ったとしたら、これま
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で3万3,333時間無駄にした勘定になる)
  と馬鹿な事を考えている。

  さて早川がパソコンゲームをしながらひげについてそんな思いをめぐらしている
と、階下で妻の景子の呼ぶ声がする。
 「お父さん、町内会の方が・・・・・・」
 (町内会の仕事は4月の定期総会からではなかったのか?ひげが伸びたままだ
がしょうがない)
  そう思いながら玄関に下りて行くと、まるで子供のように小さく可愛い顔をしたこざ
っぱりとした身なりのおばさんがが立っていた。
 「おはようございます、総務の大西です」
 「おはようございます」
 「回覧板をお持ちしました。それからこれは4月8日の理事会の案内です、この分
会出身の役員さんに届けて下さい。今後ともよろしく」
  そう言って丸めた大きな紙の束を差し出す。
 「こちらこそ新米ですからよろしくお願いします」
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  と早川は町内会の大西さんを送り出す。
  居間では妻の景子が
  (だからひげを剃りなさいって言ったのに・・・・・・)  と言う顔をしている。

  男が会社を退職して何が楽しいか?
  早起きしなくて良い、ひげを剃らなくて良い、通勤電車で人にもまれなくて良い、
仕事をしなくても良い、取引先や上役や部下に気を使わなくて良い、付き合いのゴ
ルフや宴会がなくて良い、などなど人それぞれに感じ方が違う。
  しかし、会社人間はそうは思わない。ふつうの人がなくなったら楽しいと感じるこ
れらの事を逆に生きがいとしており、これらがなくなると不安で身の処しどころがな
い。仕事をするため長い間前提としていた「会社のため、家族のため」と言う大義
名分がなくなり、定年で退職したはずなのに「会社が家族が自分を必要としていな
い」とまで思い始める。
  生きる目標を一気に失い、食欲がなくなり、髪が薄くなったり白髪が増える。さら
に進むと体調を崩し、諸病が発生する。いわゆる定年性うつ病である。
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第2話 想定外の出来事  その1 ★






















           

         























































































































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