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小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 「修三、この子猫達、川に捨てておいで」
 「母さん、捨てるって?こんな可愛い猫を?このまま飼っていいでしょう?」
 「駄目、家にはそんな余裕がないの」
  昭和27(1952)年6月、鴻之舞鉱山の社宅、北山家の裏で8歳の修三と近所の子供
達が生まれたばかりの子猫達を嬉しそうに見ていた。
 ぼろきれを敷いた木のみかん箱には生まれたばかりで目の見えない子猫が5匹重な
るように集まり、みゃあみゃあと母親の乳房を探し合っていた。
 「おばさん、この子猫、川に捨てるの?」
 「そう、親猫の他に5匹も飼えないでしょう?」
 「可愛そう」
 「みんな1匹ずつ貰ってくれれば良いのにね・・・・・・」
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  修三の母トメの一言で、自分の母親の顔を思い浮かべたのか、集まっていた子供達
は一様に口をつぐんだ。
  戦後の鉱山の労働者の子供達はみなみすぼらしい格好をしていた。どこの家庭も子
だくさんで犬や猫を飼う余裕はなかった。
 「これに入れてお行き」
  修三は母のくれたセメント袋に子猫を1匹ずつ入れていった。母親も子猫達もこの先の
成り行きを知るはずもなく自分の飼い主を信用していた。
  修三は手にぶら下げた紙袋からかすかに漏れる子猫達の鳴き声を聞きながら足早に
川に向った。近所の子供達も修三の後に続く。
 「修ちゃん、本当に捨てるの?」
  後からついて来た隣の家の一郎君が修三に声をかける。修三は振り向きもせず怒っ
たように押し黙ったままその歩みを速めた。
  間もなくモベツ川にかかる狭い橋の上に出る。馬車が1台かろうじて通れる木造の橋
には欄干もない。
  橋の真ん中に差し掛かった修三は端から落ちないよう、端から50センチ手前に立ち止まり、子猫達が入った紙袋をいったん後へ引いてから勢い良く川に放り投げた。
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  軽い紙袋はふわりと宙に舞いそれからすっと川面に落ちたが、その音は川の音に消さ
れて聞こえない。川面に浮かんだ袋は小さく上下しながらどんと゜ん川下に流れていっ
た。
 「海まで行くかな?」
  ついて来た子供らが紙袋の行方を見守る。修三の目に涙が浮かんでいた。

  家族の誰が連れてきたのか分からない残された母親も、それから半年もしないうちに
なくなった(と思われる)。
  トイレ代わりの縁の下へ入れたやったまま帰ってこなかったのである。父親に言わせ
れば、自宅の裏にあった鶏小屋も最近イタチの被害を受けていたから、母猫もイタチに
やられたに違いないと言う。
  これ以来、修三はペットを飼った事がない。

  このような経験をした修三は飼い犬や飼い猫に格別の思いを持っている。
  修三が須賀子と結婚して2人の娘が保育園に通っていた頃である。
 「お父さん、お帰り」
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 「ただいま」
  修三が会社から帰宅すると、娘らの声とともに修三の足元に2匹の子犬が駆け寄って
来た。
  ぬいぐるみのように丸々太った犬はチャウチャウの子供のようで、嬉しそうに修三の裾
にからみつく。大きさが違う2匹の子犬はどうやら兄弟らしい。
 「お父さん、可愛いでしょ」
 「うん、お母さん、この犬どうした?」
 「どこかの飼い犬ね、家に帰って来たらここにいたの」
  子供の時から犬の大好きな妻の須賀子は娘らと一緒になって犬と遊んでいる。
 「さあ、家に入るぞ」
 「お父さん、わんちゃんに夕ご飯あげてもいい?」
 「だめだめ、わが家に懐いて、飼い主が引き取りに来た時、わんちゃんが帰りたがらな
かったら困るでしょう?」
 「そうかなあ?」
  修三はむずかる娘らをせき立て家の中に入れる。修三は可愛い子犬を見てぴんと来
ていた。
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 (捨て犬だ、飼い主は子犬の貰い手がなく、捨てるに捨てられず、こんなに大きくなるま
で育てたのだ。飼い主はわが家が小さい女の子ばかりだから、飼ってもらえると思って
捨てて行ったのだ。それにしても2匹も置いてくなんて迷惑な話だ)
  父親の言う事を素直に信じている娘達は夕食後居間のカーテンを開けて前庭を眺め
ている。
 「お父さん、まだ引取りに来ないよ」
 「さあ今日はお風呂だ、お風呂に入っている内にきっと迎えに来るよ」
 (こんなに喜んでいる娘達に何て罪作りな話だ。自分が捨てられなくて他人の家に置い
ていくのか?無責任極まりない話だ)
  修三はこの犬の飼い主にものすごく腹を立てていた。
 「犬には罪がないが2匹も飼えない、捨ててくる。娘らには『飼い主が引き取りに来た』
と言っておいてくれ」
  娘らが風呂に入ったとき修三は妻にそう告げた。最初から事情を察していた妻は大き
な目から涙をぽろぽろ流していた。
  妻の須賀子は修三が飼い主に腹を立てているのも十分分かっていたが、可愛い犬を
捨てるには忍びないものがあった。だが、修三が義憤を感じたら誰が何と言おうともそれ
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に立ち向かう事も知っていた。
  修三は子供の時と同じように発寒川の橋の上から袋に入れた犬達を捨てた。
 (俺を恨むな、お前達を捨てていった飼い主を恨んでくれ)
  修三は暗い川に向って両手を合わせた。修三はその後半年以上他の子犬を見るのが
辛かった。

  もっと許せない飼い主も身近にいた。
  修三の長女の同級生の男の子が目と鼻の先に住んでいた。大きくなった犬を飼って
いたはずだが、ある日修三が見るといつの間にか小犬に変わっていた。
 「須賀子、あそこの犬もっと大きくなかったかい?」
 「そうよ、あそこのお父さんがまた小さい犬買って来たんだって」
 「前の犬は?」
 「『犬も大きくなると可愛くない』と言って保健所に連れて行ってもらったそうよ」
 「そんな馬鹿な?」
 「保健所へはこれで2匹目よ」
 修三はその親父を信じられなかった。
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第12話 マルタ島の猫  その1 ★
































           

         



























































































































































































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