きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー
が、どこかで寂しさをこらえているような気がした。
 「お客さん、もう間もなく閉店の時間だよ」
  2人が親しげに話をしているのを見て、焼餅を焼いているのか、マスターの態度は先
ほどまでの陽気さと裏腹に険悪な物言いとなっていた。時計は午後10時を指していた。
もう一組のカップルとともに2人は店を出る。外は星空で、さすがにこの季節はひんやり
と肌寒い。酔い覚めもあって修三は思わず身震いする。
 「タクシーだから送って行こうか?」
 「近くだから歩いて行くわ」
 「そうかい?それじゃまた偶然会う日まで、おやすみ」
 「今日はどうもご馳走様」
 (マンションまで歩いて送っていくべきだったか?そうなるとその先がどうなるか?)
  修三は出来もしない事を想像し、暗闇で1人顔を赤らめた。

  韓国料理店〈サラン〉で2回目のお酒を飲んだその翌日、修三は二日酔いで朝食を
取っていた。
 「お父さん、北見の爺さん、もうそろそろ危篤になるんでないかって」
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 「何かあったかい? 」
 「昨日、友ちゃんから電話があってさ、また麻雀牌が見えるんだって・・・・・・また悪く
なってきたみたいよ 」
  北見にいる須賀子の実の父親は今年93歳で、最近肺がんと診断されていた。その
爺さんの娘で長女の友子から爺さんの様子を知らせて来たらしい。友子は須賀子の実
の姉で、夫と娘の3人で爺さんの面倒を見ている。
  爺さんは90歳になるまで病気もせず惚けもせず、老人大学に通い、自分の年金をき
ちんと管理し、ワープロで日誌をつけていたほど元気だった。
  ところが3年前から頭がおかしくなり、今年は肺がんも見つかった。しかし、高齢で病
気の進行が遅く痛みもしないので、友ちゃん一家は入院するより自宅の方が良いと自
宅で介護している。
 須賀子は養母の登志子が死んで以来、実母の君江は死んでいたが実姉の友子が住
んでいる事もあって、北見の爺さんのところに時々は出入りしていた。しかし、修三は養
母が生きていた時の習慣が続いていて、冠婚葬祭しか顔を出さず、北見に出張しても
寄った事はなかった。
 「何かあったら駆けつけなきゃならんね? 」
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 「友ちゃんには『10月24日は日本シリーズ第3戦の観戦でいけないよ、ようやく切符を
手に入れたんだから・・・・・・それからうちのお父さんは11月中旬だったら外国へ行って
いるからそちらへは行けないよ』って言っておいたさ 」
  須賀子は実の父親とは相性が悪いと見え、まことに冷たい。今でも「父さん」と呼ばず
「爺さん」と呼んでいる。
 「そんな事で良いのかい? 」
 「加代ちゃんも『姉ちゃん、もうずいぶん長い事爺さんの面倒見たんだからもう良いんで
ないかい?』って言っているって・・・・・・ 」
 加代ちゃんはその爺さんの娘の次女で同じ北見市内に教職をリタイアした旦那とともに
住んでいる。
 「へんな三姉妹だね、まったく・・・・・・ 」
  修三は時計を見ながら食後の血圧の薬を飲み、そそくさと会社に出かける支度を始
める。

 「市村さん、お爺ちゃんが麻雀をしている最中に癲癇(てんかん)の発作を起こしまして
・・・・・・寝かせて置いたら落ち着きましたので連れに来てください 」
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  3年前の午後、北見市老人大学から電話があり、友子はすでに薬問屋をリタイアして
いる旦那とともに車で爺さんを迎えに走った。爺さんは麻雀卓の横にマットに寝かされ
ていた。片方が義眼の爺さんの目は気のせいか多少うつろに見えた。
 「脈も呼吸も落ち着いていますから大丈夫です。心配でしたらお医者さんに連れて行っ
たらいかがでしょう?」
  頑健な市村さんは軽くなった義父を両腕で抱え、車に乗せ自宅に連れて帰った。
 「友子、麻雀なら父さんいつもやっているのに・・・・・・今日はどうしたんだろう?」
 「ほんとう変だねぇ・・・・・・ 」
  自宅に戻った爺さんは長年一緒に暮らしている2人から見ても、いつもと同じように見
えた。
 「白牌が1枚・・・・・・2枚・・・・・・ 」
  夕方、友子がいつものように父を風呂場へ案内すると、父は白い手拭い、タオル、着
替えの下着を見て呟く。
 「あんた、やっぱり変よ・・・・・・ 」
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  友子が旦那に報告する。
  翌日、友子は父の用で下ろしてきた年金を渡すべく、お札をテーブルに並べると、父の
目がらんらんと輝き、額面に関係なく、3枚ずつ揃え、
 「これで1組、これで1組・・・・・・」
  と数え始めた。どうやら、白い物、四角い物が麻雀牌に見えるらしい。早速、2人は父
を精神科へ連れて行き、訳を話して診てもらうと、
 「きっと老人大学の麻雀で興奮して癲癇(てんかん)の発作が出たのでしょう。お年もお
年ですからなるべく興奮させないようにしてください」
  と精神安定剤をくれた。

 「父さんはよほど高い手を作っていたのかね・・・・・・」
  数日して、父の部屋を掃除していながら思わず呟いた友子の独り言に、
 「そうさ、九錬宝灯(きゅうれんぽうと)の役満さ、当たり牌が出たのに見逃してね、悔しく
て、悔しくて・・・・・・」
  いつの間にか父が答えていた。その日は父の精神状態がよほど良かったのであろう。
  早速友ちゃんから須賀子に電話が入る。
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 「須賀ちゃん聞いて、父さんの発作の原因が分かったよ」
 「何よ?興奮して」
 「麻雀よ、九錬宝灯(きゅうれんぽうと)の役満だとさ。 最初は待ちが分からなくて頭が
おかしくなったと思ったら、そうじゃなくて、当たり牌を見逃してもったいないって倒れたん
だと・・・・・・お金に細かい父さんらしいわ」
 「本当?爺さんらしいね、だけどあまり人様に言えない話ね。13面待ちの真正九錬宝
灯(きゅうれんぽうと)なら厄払いしなければならないらしいから、出来なく良かったさ」
  2人は腹を抱えて笑った。
  それ以来、市村家では麻雀の話は禁句となり、爺さんを興奮させると発作を起こすの
で、怒らせないよう誰もが腫れ物に触れるように気をつけていた。
  その爺さんもその後肺がんになり、日一日と気力体力が衰えているようであった。肺
がんが進み、いつ何時危篤の知らせが来てもおかしくない状態になって来ていた。

  北山家ではすでに男3人が胃がんになっている。どうやら北山家にはがんの遺伝子が
あるらしい。最初に胃がんになったのは父藤夫であった。鴻之舞鉱山から突然札幌の大
都会へ転居して新しい職場に入った藤夫はストレスが溜まり髪の毛が急に白くなりかつ
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第10話 明日はわが身 その2 ★★










          





































































































     

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