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忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 「ねえ、北山部長はどうしてこの店に来ないの?」
  初めてすすきののバー〈たまたま〉に連れてこられた北国農材鰍フ若い寺本嬢が先
輩の今井女史に尋ねる。
  平成18(2006)年10月20日、すすきののバー〈たまたま〉に北国農材鰍フ総務関係
者が集まっていた。彼らは月自決算が終わり、その打ち上げで久し振りに韓国料理店で
会食をし、流れてこの店に来ていた。
 「あら、北山部長も一緒だったの?」
  久々に若い女性のお客が来て、ライバル意識を燃やす珠子ママが会話に割って入
る。
 「ええ、北山部長は韓国料理店を出る時きれいな娘さんと話をしていたわ、彼女とあの
店に残ったのかしら?色白でなかなかグラマーだったわ」
  今井女史は年上らしく人の動きを良く観察している。
 「高橋次長、色っぽいあの人はどういう人?」
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  昨年入社したばかりで大人の世界に興味津々の寺本嬢が上司の高橋次長に尋ね
る。
 「4ヶ月くらい前、天野社長の勧めでさっきの韓国料理店〈サラン〉へ行ったんだが、そ
の時マスターに『町内会の常連さん』と紹介された娘さ」
  高橋次長は記憶を辿りながら解説する。
 「あの堅物の北山部長がその女の人と店に残った?これまた事件だわね」
  珠子ママにすれば、北山部長は店の女性に関心がなく、いつもお通しに文句を垂れて
いるので、そんな艶聞があるとはどうしても思えない。
 「だけど偶然とは言え、今日またその女の人と会うなんてね?不思議な話さ」
  ふだん飲屋で女性に無愛想な北山部長を見ている高橋次長にしてもこれは初めて見
るケースである。
  その頃、当の修三は韓国料理店〈サラン〉で話題の女性とまだ酒を飲んでいた。午後
8時を過ぎた店には修三達の他にアベックが一組いるだけである。
  体格の良い彼女の食欲は旺盛で、美味しそうに野菜炒めを食べ、生ビールをぐいぐい
と飲んでいる。見ていて気持ちが良いほどである。
 「4ヶ月振りにこの店に来て岩崎さんとまた会うなんて・・・・・・岩崎さんはしょっちゅう来
ているのかい?」
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 「私も今日で2回目よ」
 「そうなのかい?あの時マスター『町内会の常連さん』って言ってたよ・・・・・・」
 「嘘よ、私だってあの時初めてこの店に来たんだもの」


  4ヶ月前、定時総会を明日に控えて、天野社長以下北山総務部長、鈴木企画室長
高橋次長の4人が最終の打ち合わせを終えた時、時計はすでに午後6時を回っていた。
 「腹が減ってきたな?たまに韓国料理店でも行くか?店も決してきれいとは言えない
けれど、マスターのキャラクターが面白くてね。新聞やテレビに取材された事があるみ
たいだよ。行ってみるかい?」
  天野社長は70歳に近いが、仕事もゴルフもばりばり、体格も良く食欲も旺盛である。
そしてこのメンバーの誰よりも韓国通である。
 「行きますか?」 単身赴任の高橋次長が嬉しそうに答える。
  札幌駅前から北1条線をタクシーで西へ向うと10分もしないところに韓国料理店〈サ
ラン〉があった。その名前のイメージとは裏腹に木造の建物は古く、昔の日本の居酒屋
風である。
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  店内は薄暗く、奥に細長い。奥に向う通路の左右に4人ボックスが五つほど並んでい
る。店内はにんにくと焼酎の臭いが充満している。
  入口から二つ目の右手のボックスに案内された4人は、 山本晋也監督に似たマスタ
ーの勧めるままに、キムチ、トッポッキ、チヂミ、サムゲタン、石焼ビビンバを次から次へ
と平らげていく。天野社長以外はこの店が初めての3人は韓国ビール、韓国焼酎の銘
柄を片端から試飲していく。
  2時間も経った頃、4人は明日の定時総会も忘れ、へべれけになっていた。その時マ
スターが1人の女性を連れて4人のテーブルへやって来た。
 「皆さんにご紹介します、町内会の常連さんです、どうぞ」
  水玉のワンピースを着た、30歳半ばの色白の大柄な女性が突然4人に紹介された。
くるくる動く大きな瞳が愛らしい。独りで店に来てビールを飲んでいた彼女は、マスターに
勧められるまま修三達のテーブルにやって来た。
  こうして場を盛り上げるという、マスターの憎らしいまでの演出だった。彼女も臆する事
なくビールジョッキを携え、おじさん達の席の隙間に座った。掃き溜めに鶴である。
 「町内会の常連さんに乾杯!」
 「すてきなおじさん達に乾杯!」
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  いったん収まりかけた宴会にふたたび火がついた。彼女はおじさん達のあしらいに長
けていた。だが、清潔感に溢れ、どう見ても商売女ではない。
 「お嬢さんは美容師さん?」
  修三はこんな遅い時間に1人で飲みに来た娘の職業が気になっていた。修三の左隣
に座った彼女の大きな胸とお尻が修三の身体を圧迫する。
 「私?介護士」
 「介護士?」
 「そう、島松の老人ホームで介護士をしているの」
 (そうか、それで おじさん達のあしらいも上手だし、体格も立派なんだ)
  修三は納得した。
 「年寄りは大変でしょう?」
 「たいていは可愛いのですが、中には私の身体を触ってくる人がいて」
 「この身体なら俺だって触りたくなるなるよ。そういう爺さん達もこの先長い事ないんだ
から、冥土の土産に触らせてあげたら?」
 「はっはっはっ、そうねえ・・・・・・」
  彼女は豪快に笑ってビールを一気に流し込んだ。

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  4ヶ月前、こんな事があり、今晩偶然にもまたこの店で会ったのである。
 「お礼が遅れまして、お米〈八十九〉ありがとうございました、美味しかったわ」
 「どういたしまして、酔っ払いのおじさん達の相手をしていただいたお礼ですよ。もうなく
なったんじゃない?また送りますよ」
 「申し訳ないな、でもうれしいわ。ところでこの間のお米の送り状に次の日の総会の様
子が書いてあったでしょ?あれ読んだら可笑しくて、思わず笑っちゃった」
 「そう大変だったさ、天野社長初め総会の関係者全員が大二日酔いで説明し答弁する
んだからぐちゃぐちゃさ。おまけに韓国料理の食い過ぎで吐く息が猛烈に臭いときたもん
だから、お互い接近しないようにしてね。岩崎さんは何でもなかった?」
 「私は翌日休みだったから大丈夫、ビールもあのくらいならへっちゃらよ」
 (食べっぷりも、飲みっぷりも豪快で、長女の美佳に良く似ている。食べさせがいのあ
る娘だ。仕事も人並み以上にこなしているに違いない)
  修三はラストオーダーの大きな石焼ビビンバをぱくついている長女とほぼ同い年の娘
を頼もしく眺めていた。
  しかし、陽気に振舞い饒舌な彼女も、大きな瞳の中に一瞬寂しげな影が走る時があっ
た。修三の素性は聞くが自分の素性はそれ以上明かさない。男勝りで健気に生きてい
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第10話 明日はわが身  その1 ★
































           

         

































































































































































































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