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ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

  修三は薄暗い中5分ほど歩いた。
 (次の横断歩道を右に曲がれば後はホテルまでまっすぐだ)
  そう思った瞬間、ふと背後に人の気配を感じた。後ろを振り返ると、黒っぽい服装に黒
い顔、白い目だけが見えた。
 (黒人だ、いつの間にか後ろを付けていたんだ。これは危ない)
  全身が凍りつくのを堪え、修三は全速力で駆け出した。足の遅い修三にしてはかって
ないほどの頑張りようであった。
 (助かった)
  ホテルに到着した修三は安堵のあまり下痢している事も忘れていた。
 (外国で一人歩きはするものではない)
  修三はしみじみそう思った。
  それほど長期間苦しんだ下痢も、不思議な事に日本へ帰ると嘘のように数日で治って
しまった。
  この一件が業界と会社の噂となり、修三はいつの間にか「北国商事鰍フ三大下痢」と
呼ばれるようになってしまった。

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  しかし、最近修三は大酒を飲んだ翌日以外はめったに下痢をしなくなってきた。どうや
ら血圧の薬のせいらしい。
 「血圧の薬を飲むのは良いんだが、どうも便秘になっていかんよ」
 「そうかい、俺もだよ」
  10年前、血圧の薬を飲み始めた頃、修三はかかりつけの病院で年寄りの仲間同士
が会話しているのを聞いた。その時は気に留めていなかったが、便が徐々に正常な硬
さになってきたのである。再就職して仕事が楽になってきたのも作用しているかもしれ
なかった。

  6年前、北国商事鰍ノいた時、修三は貿易推進の仕事にも関係していた。その時、部
下2人と東南アジアで開催される北海道物産展を視察にマレーシアのクアラルンプール
へ行った。
  北海道物産展の会場はツインタワーに入っている伊勢丹デパートである。ツインタワー
は当時20世紀最高層の建築物で、高さ452m、88階建てで、ショーン・コネリー主演
の映画「エントラップメント」の重要な舞台となった。
  北海道物産展は前宣伝も効いて、日本人・中国人を中心に大勢の客で賑わった。
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  修三ら一行3人は伊勢丹での視察を終え、地元のスーパーも視察したが、果物売り
場でかの有名なドリアンを見つけた。そのドリアンは中身だけが弁当箱大のプラスチック
の密閉容器に収まっており、臭いは皆無である。
  ドリアンは強烈なアンモニア臭があり、他の客の迷惑になるのでホテルへの持込は禁
止されている。ホテルのエレベーターにもドリアンに×印を付けたマークが貼ってある。
 「これならホテルへ持ち込める」と修三は早速購入した。
  修三はドリアンをタイなどで何度か試食したが、うらなりで本当の美味しさを知らない。
ホテルの木村君の部屋で包装容器の封を切るとアンモニア臭が部屋に立ちこもる。急い
で窓の戸を開ける。ドリアンはかばちゃの数倍もある種の周りに果肉がぎっしりと詰まっ
ており、食べると和菓子の練り物のように甘く濃厚な味がした。
 (これが本当の味か、美味かった)
  憧れの味を満喫した修三達はそそくさと後片づけし、種や容器をビニール袋で何重に
も包み密閉する。
 「これで万全だ、後は夕食を待つだけだ」
  そして10分も経った頃、浴室から異様な臭いが漂ってくる。
 「誰かうんちを流していないんでないかい?」
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  鼻の良い小山が騒ぐ。
 「そんな事ありませんよ」
  部屋の主の木村が異議を唱え、浴室を点検する。  
 「さっきみなさんがドリアンを食べた後に手を洗ったでしょう?その小さなかけらが配水
管のどこかで引っかかり、発酵を続け臭いを発しているんです。しばらく水を流しておき
ます」
 「これじゃ、盗み食いは出来ないわけだ」
  修三は百年の恋が冷めたような気がした。

  一行は2日間の日程を終え、午後11時の夜行便で帰国する事になった。一時間後に
シンガポールでのトランジットがある。乗客はいったん飛行機から下ろされ、小1時間待
合室で待たされる。この時間、修三は一行とは別行動し家族への土産を買うつもりだっ
た。深夜の空港待合室や通路は明かりも少なく人影も疎らである。
  待合室を出てしばらく歩くと左手に免税店へ行く通路がある。そこで修三が左へ曲が
ろうとすると、来た通路の右手先にトイレの標識が見えた。
 (そうだ、買い物の前に、出ても出なくてもトイレを済ませよう)
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  修三は右手のトイレへ向った。トイレの前では黒い顔をしたマレーシア人の清掃員が
暇そうに床掃除の機械を回していた。修三の他には客は誰もいない。
  修三は右側に五つあるボックスの一番奥に入った。ドアを開けると右手の壁に大きなト
イレットペーパー器が設置してある。修三は持っていた手提げカバンをその上に置いて
ゆっくりと用を足す。深夜だというのに条件反射で出る物が出る。
  すっきりとした気持ちで手を洗い、トイレを出て元来た通路を戻り、免税店へと向かっ
た。免税店が目の前にせまってくる。
 (さあて、買い物は現金にしようか、カードにしようか?)
  そう思った時、修三ははたと気がついた。
 「手提げカバンがない?・・・・・・そうだトイレに置いてきたんだ」
  修三はUターンし、脱兎のごとくトイレへと走った。
 (現金やカードどころじゃない、パスポートがなければ日本へは帰れない、シンガポー
ルに何日か釘付けになる)
 (あの後、あのトイレに誰も入っていなければ良いが・・・・・・)
  急に全速力を出した修三の心臓は血液の供給が追いつけず、ばくばくと大きな音を立
てる。修三はトイレの一番奥のボックスに駆け寄り、右手の壁のトイレットペーパー器の
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上を見る。
 「あった」
  修三は思わず喜びの声を上げる。中身を点検する。元のままだ。
 (良かった)
  全身から汗が吹き出る。修三はこれまで何度か海外へ行っていたが、パスポートをな
くしたり置き忘れた事は初めてであった。
 (旅慣れして慢心したせいだ。いつもは団体の事務局で気を張って旅行しているのに、
今回は数人だったから隙が出たのだ。下痢どころではない、みんなに迷惑を掛けるとこ
ろだった。ドリアンをホテルで食べた罰が当たったのだ)
  修三は大いに反省した。






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第9話 うんこたれ その4 ★★★★
























































 

















































































          

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