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デジカメ あしたのジョー
  修三は納得した。昭和51(1976)年、道庁爆破事件の数ヵ月後の事だった。

  このような事が度々あり、バスによる団体旅行はみんなに迷惑が掛かると、修三は極
力参加しないようにしていた。
  しかし、修三が役員海外農業研修の随行を断っても、石川取締役総務部長はおいそ
れとは了承しない。 役員海外農業研修の事務局長としては役員秘書の修三を連れて
行った方が何かと便利で安心である。
 「古橋君、確かアメリカの長距離バスにはトイレが付いているよな?」
  アメリカへ何度も行っているという石川部長は側でこの度の役員海外農業研修の打ち
合わせをしている旅行代理店の古橋支店長に念を押す。
 「はい、付いております」
 「北山君、聞いたか?だから何も心配ない、分かったな?」
  石川部長はうんもすんもない、強引に決めてしまった。それから修三の憂鬱が始まっ
た。
 (自分に勤まるだろうか?)  初めての海外旅行に対する期待と不安が交錯した。

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  初めて見るカナダとアメリカはとてつもなく広く大きかった。貸し切りバスで走れども走
れども目的地は遠い。カナダの田舎道は対向車にほとんど出くわさない、たまに出会うト
ラックは昼間からライトを点けて走っていた。
  修三の役割は記録係である。帰国後速やかに報告書を作成し参加者に配布しなけれ
ばならない。当時小さいとは言え今日からすると弁当箱より大きいテープレコーダーを首
からぶら下げ、通訳の説明を一言も漏らすまいとマイクを向ける。
  修三はお腹の調子を考えている暇がなかった。結果的にこれが良かったようで、3日
目には下痢どころか便秘になってしまった。人生35歳にして初めて経験する便秘であっ
た。
 (むむ、これが噂に聞く便秘か?なかなか辛いものだな)
  生来下痢症の修三はその便秘もすぐに治ったが、これが最初にして最後の便秘だっ
た。これ以降便秘になった事はない。
  だが、アメリカのトイレで学んだ事は多い。
  修三は、まずトイレのドアの上下が開いている事に驚いた。さしずめ日本なら羞恥心
が先に立つところだが、アメリカではまず侵入者の顔や足元を確認する事が優先する。
人間は食べている時、排泄している時、性行為をしている時、寝ている時がいちばん無
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防備であると昔からよく言われている。
  日本は民族の数が少なく、治安が良く、トイレの安全性についてはまったく疑っていな
いが、アメリカでは人種の坩堝(るつぼ)と言われるごとく民族が多く、かつ貧富の差が
あり、強盗も多いからこのような自己防衛策が発達した。
  そういう意味では、公衆便所ほど危険な場所はない。ホテルの1階のトイレはすべて
有料で黒人など低所得者層の侵入を防いでいる。
  修三は「アメリカのトイレは有料」との話に小銭を常に用意していたが、アラスカの氷
河の入口近くにあった工事用一人用トイレでさえも有料である事に驚いた。寒さに震えた
修三が、出ても出なくてもそのトイレを利用した事は言うまでもない。
  かくして最初の海外旅行は修三の心配を他所にガラスの腸は壊れずに終った。

  それから10数年後、苫小牧支店に勤務していた時、地方の代理店主をヨーロッパに
案内した事があった。
  飛行機のエコノミークラスは満席である。機内食が終った時や、着陸寸前には乗客が
トイレに殺到する。修三はそのために早めに食事を終らせ、いの一番にトイレを利用し
た。うんちを催してからでは間に合わない、「転ばぬ先の杖」ではないが出ても出なくて
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行って来るのだ。だから決して旅行を楽しむ雰囲気にはならない。

  修三ら一行は最初の目的地ギリシャのアテネに到着し、ホテルに案内された。
  部屋の鍵をもらい、エレベーターに乗ろうとすると、上から降りてきたのかドアが開い
た。見るとエレベーターはフロアの床の五十センチ上で停まっており、乗っていたお客さ
んはびつくりして飛び降りるが、従業員はいつもの出来事のようにゆっくりと駆けつける。
そして何事もなかったように床の高さを調節する。
  修三は嫌な予感がした。しかし、今さらホテルを替えてくれとは言えない。諦めてその
エレベーターに乗り部屋に向った。この時5階には正しく停まった。
 (やれやれ、この先何事もなければ良いが・・・・・・)
  修三はそう思いながら相部屋の代理店主木田さんと一緒に部屋に入った。
  翌朝、修三は木田さんとともに朝食を食べに7階のレストランへと向った。わずか2階
上なので階段を上る。2人は出発の準備もあり、早々に食べ終え5階の自分の部屋に
戻らなければならない。特に修三の場合は朝食後大便をする習慣があり、重要な時間
である。
  レストランを出ると、運良く(悪く?)エレベーターが開き、客が降りて来た。2人は思わ
ず開いたエレベーターに乗ってしまった。外人の先客が5人乗っていたエレベーターは5
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階に停まるがドアが開かない。修三の脳裏に昨日見たエレベーターホールの光景が浮
かんだ。 
 (しまった、乗るんでなかった) 修三はパニックに陥った。
 「木田さん、ともかくその緊急ボタンを押し続けてください。そして日本語でいいですから
大声で叫んでください。頼みます」
 「緊急事態発生、5階でエレベーターが停まり開きません。助けてください。緊急事態
発生、5階でエレベーターが停まり開きません。助けてください・・・・・・」
  日頃から落ち着いている木田さんはマイクに向って冷静に話しかける。他の外人客は
慣れているのか「仕方ないさ」という顔で何事か会話している。
  修三は狭い部屋に閉じ込められた恐怖に、朝食後の習慣の便意が増幅する。脂汗を
かきながら思わずしゃがみこむ。とても立ってはいられない。
 (神様、仏様、マホメッド様、お願いします、漏らす前にこのドアを開けてください)
  修三には約20分ぐらいと長く感じたが、実際には5分間くらいだったのか、ドアの外側
で足音が聞こえる。
(良かった、後は一刻も早く開けてくれよ)
  修三は木田さんを見て笑おうとするが、引きつった顔はそう簡単には戻らない。
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  ホテルの従業員は格別慌てた様子もなく、ゆっくりと表のドアを開け、それから床の高
さを正常に戻す。入口近くの2人が先に降り、続いて奥の外人客が降りて行く。
 「何でこんな事でそんなに大騒ぎをするんだ。この田舎者の日本人め」
  修三はホテルの従業員がそう言っているように見えた。

  ローマを見てからパリに入った2日目、一行はベルサイユ宮殿に向う。ベルサイユ宮
殿は東京ドームの10個分の広さがあると言う。
 「ところで、その中にトイレはいくつありますか?」
  突然の腹痛を心配する修三は、バスの中で日本人のおばさんガイドに訊ねる。
 「入口に一つ、中に一つです。心配な方は入口のトイレで用を足して行ってください。中
のトイレは混んでいます」
  到着し、修三が入口のトイレを見ると何10人も並んでいる。修三はこれを見ただけで
便意を催してしまった。
 「ガイドさん、ほかにトイレはない?こんなに待てないや」
 「そう?困ったわね。みなさんちょっと待っててください。北山さんをトイレに連れて行き
ますから」
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第9話 うんこたれ その2 ★★










          








































































































     

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