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ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 「タイの首都バンコクで19日午後9時過ぎ、軍内の反タクシン首相派によるクーデター
が発生、首相府や陸軍司令部に戦車が集結し、周辺を封鎖した。同派は『実権を掌握し
た』と宣言しました」
  平成18(2006)年9月20日、北山修三が朝起きてテレビのニュースを見ると、タイの
クーデターを報道していた。
 「ありゃ、これは困った、旅行出来るだろうか?」
  修三の会社北国農材鰍ナは、11月上旬にタイを含む東南アジア3ヶ国への視察研修
を企画していた。会社の視察研修は数年に1度実施され、今回はイスラム教徒の国際テ
ロを避けるため、行き先を東南アジアの仏教国にしていた。修三はこの旅行の事務方の
責任者となっている。
  会社に出勤した修三は、外務省の「国別安全情報」で情報を収集するとともに、旅行
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代理店に状況を逐次報告するよう指示した。

  修三が最初に海外へ行ったのは、昭和53(1978)年の34歳の時であった。
  当時、北国商事鰍ナ役員秘書をしていた修三は、役員の海外農業研修の事務局とし
てカナダ、アメリカ西海岸を周る事になった。
  修三はこの旅行の2ヶ月前に石山取締役総務部長に呼ばれた。
 「君も役員秘書をしているから、今度の役員海外農業研修についてはすでに聞いてい
るとは思うが、その事務局として随行して欲しい」
 「まことにありがたいお話ですが・・・・・・私は行けません」
 「どうしてだ?」
 「生まれつきお腹が弱いのです、トイレがないとなると何故か催すのです。それに『催し
たらどうしよう、みんなに迷惑が掛かるな』と思っただけで催すのです。ですから、トイレ
のない乗り物には乗れません、団体旅行には向かないのです」
  修三は恥を忍んで怖い石山取締役総務部長に理由を述べた。

  修三は小さい時から虚弱体質で毎日下痢をしていた。冷たい物や辛い物を食べたり、
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食べ過ぎたり、緊張したりすると、すぐに大腸が蠕動し始めるのである。したがって病院
へはしょっちゅう連れて行かれた。
  小学1年の時には登校時にうんこを漏らした。修三は学校に近くなった頃、腹痛を感じ
たが、「遅刻してはいけない」と我慢しているうちに、どうしょうもなくなって、学校に着いた
途端うんこを漏らしたのであった。 それから数年間、クラスのみんなは修三を「うんこた
れ」と呼んだ。
 「時間を守る」という行為が結果的にうんこを漏らす事になったが、修三が恥ずかしいと
思う以上に周囲が大騒ぎをしたので、羞恥心は倍増し、身の置き所がなかった。
  この事件は、修三の幼い心を深く傷つけ、それ以降その話題になるのを恐れ、クラス
の輪に入るのが怖くなっていった。
  なるべく人に目立たないように生きる癖はこの時からついたのである。
 
 (また漏らしたらどうしょう?)という強迫観念は、(ここで催したらどうしょう?)とか、(この
辺にトイレがない)とか、想像しただけで便意を催すようになっていった。いわゆる神経性
大腸過敏症である。それに成人になってから、羞恥心を紛らわせるために他人より酒を
飲んだから、下痢に拍車がかかった。
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  このため通勤途中で催した場合、どこでトイレを借りられるか、自然と研究するように
なった。
  当時は今のようにコンビニエンスストアーは普及していない。小売店はほとんど午前9
時からの開店であった。9時前から開いているのは石油スタンドぐらいである。
  その前となると入院患者がいる病院がある。入院患者の家族の出入りがあるので、
24時間病院の出入り口のどこかが開いている。
  それでも周辺にこれらの建物がない時があった。

  西野から大通までバス通勤をしていた時である。修三はいつものごとく車中で催した。
「知事公館前」で途中下車して周りを見回す。
 広大な知事公館の敷地の周りにはトイレのありそうな所はない。脂汗をかいて国道5
号線を札幌寄りに歩いて行くと、4階建ての白い市営住宅があった。
  修三は意を決して、入口に一番近い1階の家の呼び鈴をもどかしく押す。
 「ピンポーン」
 「はい?」
  声からすると、年の頃なら55歳前後のおばさんか?
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 「通勤途上の者ですが、突然お腹が差し込みまして、トイレをお借りしたいんですが?」
 「はい?」
  おばさんはちょっと考えている様子で、鎖をつけたまま鉄製のドアを少し開け、外の様
子をうかがう。
  修三の額の脂汗を見て、信用したのかドアを開けてくれる。
  すると修三の目の前に真っ白い仮面が現われた。アイスホッケーのゴールキーパー
がつけるような白い仮面である。
 「は?」
  今度は修三が思わず声を上げそうになった。そのおばさんは旦那の出勤後、顔に美
顔パックをしていたのだ。
 「すみません」
 「トイレはそっちよ」
  おばさんはパックがめくれないよう両手で頬を押さえながら、トイレの方を見る。
 「ありがとうございます」
  修三はとりあえず、市営住宅の狭いトイレで用を足し、難を逃れた。おばさんはパック
の最中の突然の訪問者に驚いたかもしれないが、ドアを開けた途端ゾンビのような白い
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顔に出くわした修三も驚いた。

  数日後、修三は同じ時刻、同じバスで再び催した。前回同様、「知事公館前」で途中
下車するが、事態は前回より逼迫していた。一刻も猶予出来ない状況だった。市営住
宅まで歩くには遠い。止む無くバス停の目の前にある知事公館角の交番へ入った。
 「おはようございます。トイレを貸してください。お腹が急に痛くなりまして・・・・・・」
 「?」
  不審な若い男の出現に中年の警察官は修三の頭のてっぺんから足の先までじろじろ
と眺め回す。
 (怪しい者でないってば、早くしてよ)
  修三は漏らしそうになった。悶絶する寸前だった。警察官は脂汗を流している情けな
い、間の抜けた顔をしている修三をようやく信用し、トイレまで案内してくれる。そこで修
三が出す物を出し、ほっとしたとき、新たな疑問が沸いて来た。
 (何故あんなに吟味したのか?・・・・・・」
  修三はトイレに腰掛けたまま考えていた。
 (ああ、そうか、今年の3月に道庁爆破事件があったからか?」 
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第9話 うんこたれ  その1 ★
































           

         



























































































































































































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