きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 「どうしてですか?」
 「ママにも理由があったのかも知れない。アル中で夜の役に立たない、金遣いの荒い
うるさい親父に腹を立てていたのかも知れない。ママの親父に対する一種の復讐かも
知れないよ」
 「そうかも知れません。あるいはお金に困っていたから、夫婦で共謀してやったのかも
知れません・・・・・・」
 「まさか?」
  とは言ったものの、修三はその可能性もないとは思えなかった。

  こうしてバー<さそり>の利用を減らしてきた結果、渋川麗子の内容証明郵便が来たの
である。修三達にしてみれば、客が減ったのは当然の事で、逆恨みとしか思えない。
  修三達は取引先にあの店を使うなとは一切話していない。だが、北国商事鰍ェ取引
先を案内しなくなった事で自然と取引先が利用しなくなったのである。

  渋川麗子の内容証明郵便が届いてから2週間後、今度は「苫小牧消費者保護相談
所」なるところから事務所に電話が来た。
187


  鈴木総務課長は不在で女子社員はどうして良いのか途方にくれていた。
  ピンと来た支店長の修三は電話を取る。
  同相談所の舟木所長によれば、渋川麗子が同相談所を訪れ、北国商事鰍ノよる営
業妨害を訴えていったと言う。舟木所長の言葉遣いからすると変な団体ではないらしい。
 「実は2週間前に同様の内容証明郵便が当社に来ておりまして、当社も迷惑していま
す。ああいう店はお金を払って楽しく飲むところですから、店の中がごたごたしています
と、お客さんをお連れ出来ません。なんでしたら、他のお客さんにも聞いていただきたい
と思います。きっと同じ思いでいると思いますよ」
 「分かりました、そう渋川麗子さんに伝えます」

  1週間後、ふたたび苫小牧消費者保護相談所の舟木所長から電話が来た。
 「支店長がおっしゃるとおり、渋川麗子さんにお伝しましたが、本人が納得しません。
支店長の口から直接聞きたいとの一点張りです。私どもとしてはこれ以上この件に関
わっておられません、他の相談もたくさんありますから・・・・・・」
 「分かりました。これ以上舟木所長にご迷惑は掛けられません、当社で渋川さんに直
接話します。後で渋川さんに会う日時場所を舟木所長に連絡しますから、お手数をお掛
188


けしますが、仲介の労を取っていただけませんか?」 
 「喜んで仲介します、私共も顔が立ちます」
  あのママのしつこさに舟木所長もほとほと手を焼いたようだった。
 (いよいよ対決するか)
  修三は長い憂鬱から逃れるためにそうする事にした。

  1週間後、修三は古いビジネスホテルの会議室で渋川麗子に会う事にした。
  相手が1人だといいが暴力団がついて来たら困る、また恨みに思って刃物を振り回さ
れても困る、そんな懸念から警察のOBである木下さんの同席を頼んでいた。
  透き通るような秋空の元、修三の心配をよそに、やってきたのは渋川麗子1人だった。
半年振りに見るデニム姿の渋川麗子はさらにやつれていて、美しい眉間に険が走って
いた。
  修三は話の前に、木下さんを嘱託として紹介していた。
 「北山さん、あなたのせいでうちの店はおかしくなったんですよ、どうしてくれるんです
か?」
  渋川麗子が険しい顔で修三を睨みつける。
189


 「私共が何かしましたか?営業妨害をするような事は一切していません」
 「それじゃ、どうして他の客が店に来なくなったのですか?」
 「分かりません、私共が景気が悪くなって回数が減ったのは事実ですが・・・・・・他の会社の事まで知りません、『行くな』とは一切言ってませんから」
 「それじゃ、どうしてうちの店の客が急に減ったのですか?」
 「それは私共には分かりません」
 (それはあなたがいちばんご存知のはずだが)
  修三はそう言いたかったが、その事は口が裂けても言えない、言えば薮蛇になる。
  それまでにこにこと2人のやり取りを聞いていた木下さんが口を出す。
 「奥さん、よく考えて見てください、そんな事言い続けて何の足しになりますか?証拠
がありますか?私達は逆に名誉毀損で訴える事も出来るんですよ。それが知れ渡ると
どうなりますか?ますますお宅の店のお客は来なくなりますよ。大事なところです。よく
お考えなさった方が得策ですよ」」
  木下さんはゆっくりとやさしい言葉で諭すように話すが、眼光は鋭く渋川麗子を威圧
する。
 「・・・・・・?」 (この人はやくざか?)
190


  渋川麗子はこの木下さんの優しい口ぶりの裏に並の人間にはない怖さを感じ、身震
いを隠せなかった。
 「・・・・・・分かりました、考えて見ます」
  数分後、渋川麗子はそう言って席を立った。渋川麗子は肩を落としてすごすごと会議
室を出て行った。

 「鈴木君、ようやく終ったよ」
 「支店長、長かったですね」
  その夜、2人だけで禊(みそぎ)の酒を飲んだ。この件だけは他の人に話すわけには行
かなかった。
  年が明けて、定期人事異動で2人は本社へ転勤になった。金丸貨物鰍フ大竹氏も稚
内支店へ左遷された。

  修三は、その後何年間もこの事件を忘れていた。
  5年前の事、地元紙北海日報の夕刊の片隅に小さい記事が出ていた。
 「息子が母親を殺す。3月22日、苫小牧市錦町×丁目×番地の渋川麗子(58)が息子
191


の正人(22)に刃物で刺され死亡した」

  修三は苫小牧勤務時代にバー<さそり>の店で見た知恵遅れの高校生ぐらいの子供
の顔を思い出していた。
  階下の店に下りてきたその子は、母親に何かを必死に訴えていたが、母親は客に自
分の恥部をさらすまいと、邪険に追い払っていた。
 「下りて来ちゃ駄目でしょ ! 2階に行っていなさい ! 」
  渋川麗子はヒステリックに大声を上げていた。

  姦通事件があってからあの夫婦はどうしたのか?修三には一切分からなかった。た
だ分かっているのは息子があの母親を殺したと言う事実だけであった。





192

タイトルイメージ   タイトルイメージ 本文へジャンプ




第8話 高すぎる代償 その4 ★★★★
























































 

















































































          

前のページへ 次のページへ


トップページへ戻る