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忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

  修三はバー<さそり>について、前任者からよく話を聞いていた。
  バー<さそり>のオーナーはマスターの渋川静夫でママ麗子とは内縁関係にあり、ママ
の連れ子と思われる高校生くらいの男の子と3人で住んでいるという。知恵遅れの男の
子は店の営業中時折階下へ顔を見せる事がある。
  マスターの渋川静夫はやり手で以前不動産会社を経営していた。苫東プロジェクトの
お陰で商売は面白いように儲かり、自分の会社のすでに結婚している事務員の麗子に
手をつけ、その夫と離婚させ、同棲した。
  だが、苫東プロジェクトの崩壊とともに不動産会社は倒産し、渋川静夫は本妻から離
婚され、仕方なく今の中古店舗を買ってバーを始めた。
  会社の全盛期時代から続いた渋川静夫の博打好きは少しも変わらず、相変わらず競
馬と賭け麻雀に明け暮れていた。店の運転資金にまで手を出していた。だから、夫婦喧
嘩は絶えなかった。
  店は火の車だから、付け売りの場合は早く入金してくれるよう、ママは毎日お客に催
促しなければならなかった。
  渋川静夫の酒の上での暴力も頻繁にあると見え、ママは時々顔の痣(あざ)を化粧で
隠し、悲しそうに笑っている事がある。
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  そんなママに対する同情からとその痛々しい顔が色っぽいと言って通う男が多い。
 「あなたには女の心配はないが、そういう店だから、あの店とはほどほどに付き合った
方が良いですよ」
  修三は前任者からそう言われていた。

  それから1ヶ月もしないある日、荷役業界のボス豊田氏が修三の事務所にやって来た。
  豊田氏は大手荷役会社の役員を退任し、今は某荷役会社の相談役として、取引先各
社のトラブルの相談に乗っている、まことに頼りがいのある大先輩である。
 「北山支店長、突然、お邪魔します」
 「豊田相談役もご壮健で何よりです」
 「苫小牧は夏だと言うのに相変わらず寒いね」
  70歳になろうとしているのに黒光りした顔はつやつやと輝いており、頑丈な巨体はと
ても寒そうには見えない。
 「ところで、支店長、相談ですが・・・・・・」
  お茶を出した女子社員が退席するやいなや豊田相談役は大きな身を乗り出す。修三
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は慌てて応接室のドアを閉める。
 「あなた、金丸貨物鰍フ大竹を知っているでしょう?」
 「はい」
 「それにバー<さそり>のママも?」
 「はい、それが何か・・・・・・」
 「大竹がママに手を出したんですよ」
 「まさか?」
 (いくらきれいでも、50過ぎのぺちゃぱいのおばさんだ。それに見るからに過去を引き
ずった暗い影がある)
  修三にそんな趣味はない。
 「そのまさか?なんですよ。あいつは昔から女癖が悪くてね、業界でも有名なんです。
過去にもあちこちで女性問題を起こしてきたが、それを男の勲章のごとく思っているから
始末に終えません」
 「あのろくでないマスターが旦那だって分かりそうな物だけど・・・・・・」
 「どうもその親父の渋川に知られたようで・・・・・・大竹のマンションでママの車を見つけ
たと言うんだ。それで頭にきた親父は腹いせに車を蹴っ飛ばし、傷つけたと言うんだ。も
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ともと自分の車だがね」
 「それで?」
 「渋川は大竹を呼び出し、『車の修理代を弁償しろ、さもなくばお前の会社に何もかもぶ
ちまけるぞ』と脅してきたんだそうだ」
 「だって、自分の車なんでしょう?」
 「美人局(つつもたせ)となると後に手が回る。体の良い恐喝ですな、そこで困った大竹
が私のところにやって来たというわけです」
  修三は豊田相談役が何でこんな話をするのか、合点がいかなかった。
 「そこで相談です」
  豊田相談役が大きな目を剥いて、再び大きな身体を乗り出す。
 「支店長に示談の話し合いに同席して欲しいのです」
 「何で私が?」
 「一つは北山支店長が彼らを引き合わせた事、これは屁理屈だがね。もう一つは北国
商事鰍ェその店の1番のお得意様だから、『示談を飲まないとお得意様を逃すぞ』と言う
脅しです。これは大竹のアイデアです」
  豊田相談役がニヤリと笑う。
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 (汚い奴め、私まで巻き込むとは・・・・・・)
  まことに不本意ながら、修三は豊田相談役の頼みを引き受ける事にした。
 「分かりました、それでいつですか?」
 「3日後の午後1時、錦町の喫茶店ルナです。親父が素面の方が良いと思い、昼間に
しました。私の車で行きましょう」
 「分かりました」
 (嫌な役回りだが、これで取引先の金丸貨物鰍フ大竹支店長代理と豊田相談役の双
方に恩を売る事が出来る) 修三はそう考える事にした。

  当日、喫茶店ルナの奥に渋川静夫とその連れが神妙な顔をして座っていた。手元に
は示談書が置いてある。
  渋川静夫は豊田相談役の傍にいる北山修三の顔を見て怪訝な顔をする。
  双方それぞれ自己紹介するが、渋川静夫の連れの名詞には<東山不動産 東山銀
二>と書いてある。ひょろりと痩せた東山はどうやら渋川静夫の昔の知り合いで、やくざ
ではなさそうである。修三も気が楽になった。渋川静夫の片棒を担がされた東山は落ち
着かないのかそわそわしている。
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 「甲の大竹一夫は乙の渋川静夫に車の修理代として金200万円を○月○日までに支
払う物とする。以後乙は甲に対して一切の請求をしないものとする」
  示談書の内容を双方が確認し、4人がそれぞれ署名捺印し、会合はあっと言う間に
終った。

  修三はこの顛末を鈴木総務部長に話した。
 「そういう店だから危なくて今後お客さんをあまりお連れ出来ないな・・・・・・他の管理職
にもその理由は言わないで『金の請求がうるさいから』とか何とか言って、利用を少しず
つ減らしていくよう、言ってください。急に行かなくなったらあの夫婦がまた騒ぐでしょうか
ら・・・・・・」
 「最近あの夫婦の様子がおかしいと思ったら、そんな事があったんですか?分かりまし
た」
 「それにしても、大竹君やってくれるよねぇ」
 「逢引もせいぜい4、5回でしょうからね1回あたり50万円か?高い買い物ですね。あ
のママにそんな値がありますかね?」
 「ないよな、だが、大竹だけが悪いのではないかも知れないな」
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第8話 高すぎる代償 その3 ★★★


































































































































































































































  

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