す」と言って2人の男を連れてきた。
金丸貨物鰍フ山本営業課長が新しく赴任してきた大竹支店長代理を紹介する。筋肉
質のスリムな身体に洒落た背広を着た50代のその男は、業界の気風か、見るからに威
勢が良く、一見遊び人風の男である。
「北山支店長、今度一度ゴルフをしましょうよ?」
業界の話では、飲む、打つ、買う、何でもござれと言う大竹支店長代理が如才なく修
三らを誘う。
「うちの支店長は、部下の私が言ってもなんですが、まだ練習中で人前に出せる腕前
ではありません、はい」
同席している古田営業課長が助け舟を出す。
「それなら、麻雀でもいかがですか?麻雀は時々なさるとか?」
山本営業課長が話を続ける。
「今週の金曜日はいかがでしょう?」
「空いている事は空いていますが、古田君はどうかな?」
「私ならいつでも空けられますよ」
修三は古田営業課長が断ってくれる事を期待して声をかけたが、結果は裏目に出た。
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かくして、金曜日の夜は麻雀となった。結果は大竹・古田が勝ち組み、北山・山本が
負け組みとなった。
「お互い一勝一敗の引き分けですな?」
大竹氏は予想通りの展開にご満悦である。
「あまりきれいな店ではありませんが、寝酒を一杯どうですか?」
修三は麻雀招待のお返しに寝酒を誘う。
「それじゃ、お言葉に甘えてちょっとだけね」
単身赴任の大竹支店長代理は素直に従う。
バー<さそり>は修三が赴任してくる前から苫小牧支店が利用している店である。
その店は繁華街錦町のはずれにあり、他の店からぽつんと離れている。50歳過ぎの
ママとマスターがやっている小さなスナックである。古い木造モルタルの一軒家は1階が
店で2階は住居となっている。立地のせいか料金も比較的安かった。
ちらちらと肩に積もった雪を払いながら、修三ら4人が店に入ると、カウンターとボック
スだけの薄暗い店内には誰も人がいない。
「いらっしゃい」
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カウンターの奥でママがあわてて腰を上げる。
フランスの女優カトリーヌ・ドリーブを痩せぎすにしたような年増のママは、胸にひらひ
らと飾りのついたエプロンを着ており、まるで竹久夢二の絵に出てくるような大正時代の
カフェの女給さんである。
「ママ、久しぶり」
「北山支店長、珍しいわね、こんなに遅く」
「今まで麻雀やっててさ、ところで、こちら、かの有名な金丸貨物鰍フ大竹支店長代
理、赴任したばかりだ。 そしてこちらは同じく金丸貨物鰍フ山本営業課長、苫小牧に
根っこが生えた人、どちらもよろしくね」
「あら、どちらも良い男ね、よろしく」
4人はカウンターに腰掛ける。
「みなさん水割りで良いかしら?」
「ママ、ボクちやんブランデー、何か良い物あるかな?」
大竹支店長代理は1人だけ目立っている。
「それにしても<さそり>とは名前がいいねえ」
山本営業課長が興味津々で聞く。
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「さそりだから毒があるわよ」
色が透き通るように白い、うりざね顔の50代のママはみんなの酒を作りながら艶然と
微笑む。
「良い女だね、独身かい?」
大竹支店長代理が尋ねる。
ママは笑ってまともには答えない。
(大竹さん、そうとう女好きだね?)
修三はそう思いながらグラスを持つ。
「それじゃ、みなさん、改めて乾杯」
「乾杯」
かくしてこの日は何事もなく終った。
半年ほどした6月、修三は鈴木総務部長とともにバー<さそり>へ行った。2人は本社
の監査役と会食をし、駅まで送って行った帰りである。午後7時半と時間が早いせいか、
店にはまだ誰もいない。
「誰もいないのか?」
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2人が諦めて帰ろうとすると、
「いるよ」
奥のボックス席から声がする。寝ていたマスターがむっくり起き上がる。赤ら顔でずん
ぐりむっくりの親父は早くから酒を飲んでいたようで、すでに酩酊している。
「水割りでいいか?」
「いいよ」
いつもながらぞんざいな言葉遣いで、ママと喧嘩したのか、親父はいつもより不機嫌
である。
「ママは?」
水割りを口にしながら鈴木総務部長が不審に思い尋ねる。
「あんなのいなくたって、どうやって事はないさ、ところで支店長、こないだからちょくちょ
く来ている金丸貨物鰍フ大竹って奴はどこに住んでいるのか分かるかい?」
「あれから1回事務所で会ったきりだが、何か?」
「いゃ、何でもない」
(大竹さん、何かしでかしたかな?)
この時修三は自分や会社まで類が及ぶとは思っても見なかった。
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