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 「いけいけ、田中、後1点だ。斉藤に負けるな」
  北山修三の勤務する北国農材鰍フ会議室で、親会社の北国商事鰍フ中島課長が
大声を上げる。
  今日は第18回全国高校選手権大会、駒大苫小牧高校と早稲田実業高校との決勝
再試合で、回も進み今や最終回9回表、駒大苫小牧高校の攻撃である。
  夏の甲子園3連覇を目指す駒大苫小牧高校と悲願の初優勝に燃える早稲田実業高
校の決勝戦は昨日行われ、15回延長しても決着がつかず、今日の再試合に持ち越さ
れていた。野球ファンならずとも、日本中の人達がテレビの前で固唾を飲んでその勝敗
の行方を見守っていた。
  平成18(2006)年8月21日月曜日の午後である。
  北国農材鰍フ営業部では北国商事鰍ニの打ち合わせと称して関係者が午後1時に
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会議室に集まり小さなテレビを囲んでいた。
 「どうもこの解説者は昨日から早稲田実業びいきだ、けしからん」
  ふだん野球を見ない北山修三もぽつりと呟く。
 「主審は早稲田実業出身だと言うよ、こういう試合に主審は良くないよ」
  北国農材鰍フ土屋営業部長も憤懣やるかたない。
  テレビの前の北海道育ちの面々は、駒大苫小牧の3連覇を願い、勝手な事を言って
いた。
  9回表、それまで早稲田実業に4対1と負け越していた駒大苫小牧は、3番中沢選
手の2ランホームランで、1点差まで追い上げていた。
  ツーアウトで次の打者は田中投手、ここで同点の一発が出て、裏の早稲田実業の
攻撃を0点で抑えれば延長戦に持ち込める、そんな願いを込めての応援だった。
  早稲田実業斉藤投手の投球に力が入る。この4日間で553球目となる144キロの
速球に田中のバットが空を切る。
 「早稲田実業高校初優勝、駒大苫小牧高校3連覇ならず」
 「ふぅー」とみんなのため息がもれた。

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  苫小牧で5年間勤務した修三は、駒大苫小牧高校がいかに全国の俊英を集めたと
しても、全国高校選手権大会で過去2回も優勝した事はいまだに信じられない思いで
いる。
  苫小牧市民は王子製紙の関係者を除き、大半が苫東プロジェクト(苫小牧東部大規
模工業基地プロジェクト)発表後に北海道内外から流入した人々ばかりである。
  昭和46(1971)年、北海道開発庁の「苫小牧東部開発基本計画」が発表されるや
いなや、ゴールドラッシュさながらに、全国から土建業者、コンクリート業者、運送業者、
不動産業者、アパート業者、米屋、酒屋、飲食店、パチンコ屋が殺到した。
 「苫小牧は東部でなく西部だ」と言う人がいるが、それは「流れ者の街」と言う意味で
ある。
  ある意味では修三が生まれ育った鴻之舞鉱山や各地の炭鉱に似ていた。着の身
着のままで職を求める人か、僅かな資金を元に一攫千金を夢見て来た人達である。
  したがって、金と打算が先行し義理や人情は二の次である。自分が生きるのに精一
杯であり、他人を思いやる余裕がない。よそ者の集まりだから当然郷土愛はない。
  だから、修三は駒大苫小牧高校の野球部がここまで育った事が奇跡に思われてな
らない。

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  5年前、修三はエレベーターで北国商事且D幌支店長代理の鈴木君に久し振りに出
合った。鈴木君は修三が苫小牧支店長の時の総務課長であった。北国商事且D幌支
店は北国農材鰍フ本社と同じビルにある。
 「鈴木君、昨日の夕刊を見たかい?」
 「あ、北山部長、久し振りです」
 「苫小牧で渋川麗子が息子に殺されたという記事が載っていたんだ、あの女に間違い
ないと思う」
 「そうですか?」
  鈴木支店長代理はとっさにそう答えたものの、突然の事で、修三が何を言っているの
か理解できない様子だった。

  12年前、修三は北国商事鰍フ苫小牧支店長をしていたが、中小支店で売り上げは
伸びず苦労していた。そんな状況の中で、女に関する事件が相次いだ。

  その一つは、覚せい剤使用事件である。
  修三は苫小牧警察署から呼び出しを受けた。苫小牧警察署の応接室で山田警部か
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ら話を聞かされる。
 「北山支店長、今日、お宅の女子社員の菊田洋子が覚せい剤を使用していた事が分
かりました」
 「えっ、まさか?」
  菊田洋子は一昨年採用したばかりの女子社員で、まだ幼い顔をした新聞販売店の一
人娘だった。
 「自宅でお父さんが娘の様子がおかしいので問いただしたところ、覚せい剤を使用し
ている事が分かり、警察に通報してきました」
 「はあ?」
 「自宅で覚せい剤使用が確認されましたので、収監しました」
 「本当ですか?」
  修三は信じられない思いだった。
 「本人に確認したところ、やっているのは自分1人だけで職場には他にはいないと言っ
ています。しかし、覚せい剤は犯罪ですから、予防を含めて今一度職場を総点検してく
ださい」
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 「お手数をおかけしました。まったく申し訳ありません、今後職場で社員の観察をしっか
りするよう管理職に徹底いたします。ところでお願いがあります。マスコミには何とか会社
名を伏せて欲しいのですが・・・・・・」
 「それは何とも言えません、自宅で起きた事ですから・・・・・」
 「よろしくお願いいたします」
  修三は平身低頭して苫小牧警察署を出た。
 「あの娘が?」
  帰り道、まだあどけない菊田洋子の丸い顔を思い出していた。菊田洋子は今年成人
になったばかりで、見るもの聞くものも珍しく、盛り場で売人に勧められるまま覚せい剤
に手を出してしまったらしい。港町で、流れ者ややくざが多い、寄せ集めの街にはそん
な危険な誘惑が多かった。
  幸い翌日の新聞には会社名が出なかったが、すぐさま職場の責任者として本社へ出
向き、担当役員に顛末を報告し、謝罪した。

  もう一つが、バー〈さそり〉事件である。
 「北山支店長、渋川麗子から支店長宛の内容証明郵便が来ています」
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第8話 高すぎる代償  その1 ★
































           

         

























































































































































































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