きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

  珍味に興味のある修三は言う。
  食べた事はないが、生のまま漬ける北欧の鰊の缶詰や韓国のエイの壷漬けのよう
に発酵食品特有の強烈な臭いがするに違いないと修三は想像した。
  早速店の常連である丸子支店長は居酒屋の若い店主に掛け合うが、どうやら在庫
切れのようであった。
 「ないとなると、ますます食べてみたくなりますね」
  かくして修三の広尾の夜は終った。

  そして10日後の土曜日の午後、修三の札幌の自宅にクール便が届いた。
 「お父さん、広尾町の丸子支店長からクール便よ」
  階下から妻の須賀子が修三に声を掛ける。
 「ひょっとして鮫ガレイの切り込み?」
  修三が居間に下りてきて箱を開けてみると、がちんがちんに凍った鮫ガレイの切込
みが2瓶入っていた。
  修三は1瓶をそのまま冷凍室にいれ、もう1瓶を夕方までに解けるように食卓に出し
ておく。
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  夕方、味が気になる修三はそわそわして、いつもより早めの晩酌を始める。壜の蓋を
開けると、想像していたとおりアンモニア臭がする。
  ルイベ状態の大きな切り身を口に入れると、とろりと溶け出し、かみ締めると過飽和
脂肪酸の渋みと唐辛子の辛さがじわっと効いてくる。
  臭いは琵琶湖の鮒鮨よりずっと薄いが、味は後を引く何とも言えない個性的な味が
する。
 「これはいける」
  修三の声に妻の須賀子が続いて試食する。須賀子は湧別の浜育ちでイカの塩辛や
鰊の切込みなど魚の加工品は何でも食べる。
 「なかなか美味しいわ、娘達にもお裾分けしてあげようか?」
  須賀子は珍味を小瓶に小分けする。娘達の驚く顔が目に浮かぶ。
  娘達に鮫ガレイの切込みを届けて数日後、親に似て味に五月蝿い酒飲みの長女の
美佳の感想を聞くと、
 「あれ、私の口に合わないわ」
  まことにそっけない返事が返ってきた。
 (ブルーチーズやくさやなど何でも食べる娘でも、鮫カレイの切り込みは駄目か?)
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  修三は苦笑した。

  7月に入り、取引先の全能且D幌支店の加山課長が修三の会社に久し振りにやっ
て来た。修三は広尾町から帰ってから、彼に「おじさんの料理日記」と「おじさんのかん
たん酒の肴」を謹呈していた。
 「加山課長、料理作っていますか?」
 「独りで作っても食べてくれる人がいないとつまらなくて・・・・・・ところで北山部長、料
理を作る醍醐味って何ですか?」
 「NHKテレビの食彩浪漫(*2006.7.9放送)の中でオーボエ奏者の宮本文昭がこう言っ
ていました。『食べた人が美味しかったと言ってくれた時がいちばん嬉しい、オーボエ
演奏を終えて素晴らしかったと賞賛された時と同じです』と・・・・・・その通りだと思いま
す。私も家族が美味しいと言ってくれるので、お伊達に乗って作っています」
 「なるほど」
 「物を作るという事では創作と同じです。絵や小説や映画を作る時と共通するものが
あります。最初にどんな料理をつくるか構想を練ります。そしてどんな材料を使うか、手
順と隠し味をどうするか考えます。これらの事を考えるだけでわくわくします。出来上が
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りの味を想像して作る、その通りの味や仕上がりになれば最高の喜びとなります。それ
が楽しくてやっているんですよ」
 「失敗する事もありますか?」
 「20回に一度くらいは想像した味にならない事があります、それはたいてい体調が悪
い時です。それに二日酔いの時も駄目ですね、味覚が狂っている時が多いから・・・・・・
仕込から完成までに2日かかりますから心身ともに充実していないと出来ません。そ
れから自分に食欲がない時もいけません」
  修三は最近食が細くなってきている。
 「なかなか難しいものですね」
 「それと50回を超えるとだんだんネタがなくなって来ましてね。いつも同じ物を作るわ
けには行きませんから、料理番組やテキストで研究していますよ」
  加山課長はいつも仏頂面した北山部長がこのように生き生きと語る姿を初めて見て、
北山部長についての認識を新たにしていた。
  その後、修三の「おじさんのかんたん酒の肴」は、北国商事鰍ゥら北国包材鰍ノ出
向している、後輩の栄田君が自分のホームページにコーナーを設け毎週1回連載して
くれていた。
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  それが彼の知人や取引先まで伝わり、思わぬところで、
 「北山部長、毎週1品酒の肴を作っていくのはたいへんですね」
  と言われるまでになっていた。

  最近、団塊の世代を中心に男の料理学校が全盛である。趣味で学ぶ人と独り暮ら
しの老後に備えて学ぶ人と、二通りあると言う。
  しかし、戦中派の人達の中にはこういった風潮を必ずしも良しとしていない人もいる。
  彼らは、
 「食い物に美味い不味いはない、男は出された物は何でも残さず食べるものだ」
 「料理は女がするもの、男子厨房に入るべからず」
  そう考えている。
  彼らは一様に、会社人間で家庭を顧みない。家族が病気をしても何事もないような
顔をして出勤する。部下が休みを取るのを良しとしない。
  仕事一筋といえば聞こえは良いが、仕事以外に趣味はない。何でも自分が一番で
他人の言う事を聞かない。自分の物差しを他人に押しつける。退職後も昔の部下を自
分の手足に使う。
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  どちらかと言うとそういう人が多い。そういう人は家庭内別居や熟年離婚も増えてい
る。
  修三の年代以降の世代は、「会社も大事だが同じように家族も大事である」とする考
え方が多くなってきている。

  それを軟弱と言って片付け、世の中や人の心が変わってきている事を認めない頑固
な年寄りが増えてきている。
 「このままでは老後に家族に相手にされないのではないか?」
  修三はいらぬ心配をしている。






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第7話 男の料理 その4 ★★★★
























































 
















































































          

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