きれいな花の写真

忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

め先の病院に出入りしている葬儀屋に連絡を取った。
  西区から駆けつけた修三と須賀子もどうして良いのか分からず、うろうろしていた。

  自宅から近い地蔵寺で通夜、告別式、繰上げ法要を終えた北山家の親戚一同は、ぞ
ろぞろと狭い自宅に戻ったが、合計8家族も揃ったから、家の中は足の踏み場もない。
  1階の3部屋をぶち通し、ほとんど手付かずの繰上げ法要の料理を床に並べ、夕食が
始まる。その周りをまだ幼い甥姪達が興奮して右へ左へと駆けずり回り、皿やコップや
灰皿をひっくり返す。
  酒が回るに連れ、子供達である兄弟姉妹、山田二太郎叔父、その連れ合いから母親
トメの思い出話が語られる。
 「兄さん、母さんも子供らが片付いて、これから楽になるところだったのに、残念な事を
した」
  そう言いながら、藤夫の妹の山田末子が兄藤夫に酒をつぐ。
 「そうだな惜しい事をした・・・・・ところで葬式は何とか終ったけれども、この後初七日、
四十九日とすぐやってくるよ。四十九日には納骨もある。墓はどうするかね?兄さん」
  銀山の片田舎で農業をしている末子の連れ合いの二太郎は義理の兄藤夫を慰めな
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がらも、この先の仏事を考えていた。
  二太郎は町内会の顔役らしく仏事には詳しい。墓の手配について、藤夫だけでなく、
三人の息子達にも問いかけていた。
 「・・・・・・」
  藤夫は義弟の二太郎に墓の事を聞かれてもまだその実感が沸いて来ない。
 「葬式をした地蔵寺では隣の墓地を壊し納骨堂を建てていた。あそこなら近くてよいと
思うんだが・・・・・・」
  両親と同居し施主の役目を果たした次兄の鉄夫が、葬儀の合間に寺の納骨堂分譲案
内を見ていた。
 「いくらぐらいだ?」
  席に着いて以来、背中を丸め、相変わらずコップ酒をすいすいと飲んでいた長兄の金
夫がその手を止め、心配そうに弟の鉄夫に聞く。
 「ぴんきりだが、60cm幅で高さが180cmのが60万円だな」
  藤夫は他人事のように話を聞いていない。普段から難しい事は賢明な子供達が考え
るものと決めつけていた。
  兄弟姉妹とその連れ合いが固唾を飲んで長男金夫のその後の発言を見守っていた。
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 「みんなで均等に負担したらどうだ?」
  予想に反した金夫の一言にみんな沈黙した。聞こえるのは子供らの走り回る音だけで
あった。
  叔父の二太郎も妻の末子もこれには子供達で決める問題だとして口を出さない。
 「そんな事は男の兄弟で決めなさいよ」
  沈黙を破って、姉妹の中でいちばんきかない次女の相子がヒステリックに叫ぶ。隣に
は旦那の大津宏夫が仏頂面をして座っている。
  他の3人の姉妹たちもそれぞれ旦那が同席していた。みんな(当たり前だ)と顔が語っ
ていた。
 「男も女もみんな母さんの子供だから・・・・・」
 「兄さん、そういう事ではないよ」
  長女らしく黙って話の行方を見ていた三根子が我慢できずに参戦する。赤ら顔して恵
比寿様のようにでっぷりとした体型をした旦那の田仲良雄はニコニコしながら、(また始
まったな)と三根子の動きを見ている。
 「兄さん、あんた、それでも長男かい?女どもに頼らず長男らしく仕切りなさいよ」
  最初に反対の意思表示をした次女相子の旦那宏夫がとうとう我慢できずに口を尖らせ
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て話し始めた。
  宏夫は大津家の長男として両親の面倒を見、葬式を出した男として、この状況は許
せないものがあった。
 「だいたいね、北山家の男どもはなっていないよ。こんな事ぐらいは男同士で解決しな
さいよ」
  三女澄子の旦那大月俊男が話しに加わる。彼は酔って軟体動物のように上半身を揺
らせている。
 (北山家の長男なんだからこんな席でぐたぐた言わないで、「お墓の費用ぐらい俺に任
せておけ」と言えないのか?そうすれば、長男の顔も立つし、私たち女どもも胸を張れる
のに・・・・・・)
  姉達は内心ではそう思っていたに違いない、修三も・・・・・・
  修三はお墓の費用を出す意思はあるが、兄2人の腹が読めないので迂闊な事は言え
ない。他人まであれこれ言われる北山家の状況に妻の須賀子の手前もあり(穴があった
ら入りたい)心境だった。
  酒の弱い父の藤夫はこのゴタゴタに嫌気が差したのか、いつの間にか仏壇の前の坊
さん用の座布団を枕にすやすやと眠っていた。
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  この騒動を仏壇の母トメはじっと見ていた。
 「修三、金夫を許しておやり、金夫をこのように気が弱く育てたのは私の責任さ。私は
ね本当は学校へ行きたかったんだ。貧農の子に生まれて、10歳の時に食い扶持を減
らすために本家の子守に出されたんだ。本家には同い年の娘がいてさ、尋常小学校を
卒業してから高等小学校( *2年制、今の中学校に相当)へ行く事になった。勉強が好き
な私は『私も生かせて欲しい』と頼んだが『身分が違う』と断られたんだ。悔しくてね、そ
れで長男の金夫を学校の先生にしたんだ。そのお陰でみんな学校が好きになり、勉強
も出来るようになったじゃないか。今のお前達があるのは金夫のお陰だよ、それを忘れ
ないでおくれ。世間の常識が何だってんだ。長男らしさが何さ、気が弱くてどこが悪い?
金夫は私の夢をりっぱに果たしたんだ、そのぐらい許しておやりよ」
  母トメにしてみれば、金夫は何十年後に花咲く仕掛け花火だった。その事を母トメ以外
誰も知らない。
 「どうだい、修三、私の仕掛け花火は最高だろう」
  仏壇の母トメはそう言っていた。

  その金夫は今年満80歳になる。
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  あれだけ酒に飲まれた金夫はその後、胃がんや肺気腫などの大病を患い、大好きな
酒も煙草もぷっつりと止めた。
  肺の機能が低下し酸素ボンベを側から離せない。今や骨と皮ばかりになり、仙人のよ
うな穏やかな生活を送っている。
  あれだけしまり屋だった金夫がここ数年、毎年遠軽産のグリーンアスパラを修三のとこ
ろに送ってくる。
 北山家ではすでに父藤夫、次男の鉄夫、次女大津相子・宏夫夫妻、三女澄子の旦那
大月俊男が亡くなっていた。
 「そろそろ自分のお迎えが近いと思っているのかな?」
  修三の脳裏にお猿の赤ちゃんみたいに小さくなった金夫の顔が浮かんでくる。





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第6話 母の仕掛け花火 その4 ★★★★
























































 
















































































          

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