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デジカメ あしたのジョー

うである。
 (また2回も切るのか、嫌だな)
  修三はそう思いつつも手術の覚悟をした。
  結局7月21日に瘤を切開、腫れが引くお盆前の8月11日に汗腺を取り除く手術をす
る事になった。

 「旦那さん、『冬のソナタ』を見てるかい?あれは面白いよ」
  修三の手術を1週間後に控えた8月4日、自宅ではトイレのリフォームをしていた。自
宅は建築後22年経っていたが、今回は便器の故障を機に今風の洒落たトイレに改造す
る事にした。
  修三が帰宅すると、昼間で終るはずの工事がまだ続いていた。その様子を興味深げ
に見ている修三に丸木商会の丸木社長が突然聞いてきたのである。
  スリムな体型の丸木社長は年の頃なら修三の前後、60歳ぐらいか?以前から石油ス
トーブ、換気扇の取替えなどどんな小さな仕事でも嫌がらずにすぐ来てくれる、頼りがい
のある人である。
 「丸木社長、あちこちで話題になっているけど、韓国版『君の名は』かい?」 
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 「旦那さん、昔の『君の名は』とはぜんぜん違うよ。問題にならないよ。伏線があちこち
にあってさ、とにかく面白いんだ。脚本がよく出来てるんだ、毎回楽しみでね、今日も帰っ
たら、ビデオを見るんだ」 
  丸木社長は「冬のソナタ」を見るのが本当に楽しそうである。

  8月11日、手術の当日となった。
  修三は手術台の上で左足を立て右足を寝かせた不自然な姿勢で手術を受けるが、背
当てが不十分で時間と共に疲れてきた。
 「先生、だんだん足が痺れて来たよ」
  修三も若い先生には容赦しない。
 「もう少しですから・・・・・・」 
  年寄りにはっぱをかけられた室田先生は、汗をかいて大急ぎで傷口を縫い始める。
  大男の室田先生は経験が浅いのか新藤先生ほど上手ではなかった。後日修三が完
治した患部を指でなぞると、どうも平らではない。手術を急がせた罰が当たったのかもし
れない。

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  この年の夏は特に暑かった。2人とも術後安静にしていたが、クーラーのない家の中
は扇風機をかけても暑くてやりきれなかった。
  2人は下肢のもぐらたたきで肉体的にも精神的にもストレスが極限に達していた。須
賀子は術後3ヶ月が経っても眼に見えるような成果が現われず、いらいらしていた。
  2人は何かこの鬱陶しさを吹き飛ばすようなもの、何か酔えるようなものが欲しかっ
た。
 「須賀子、ビデオ屋で丸木社長がお勧めする『冬のソナタ』を借りて来ようか?見てみる
かい?」 
  修三と須賀子は「冬のソナタ」をようやく見てみる気になった。丸木社長の勧めから2ヵ
月後の事で、この年もすでに10月に入っていた、
  修三はビデオ屋でとりあえず前半の5巻(1話から10話まで)を借りてきて、まず1巻
(1話と2話)を見た。その内容は、
 「バス通学の春川高校2年の女学生ユジンと転校生のチュンサンは遅刻する。困った
ユジンはチュンサンを馬にして塀を乗り越え登校する。これが転校してきた謎の美少年
チュンサンとユジンの運命の出会いだった。初雪の日、湖で初めてデートし、雪だるまを
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作り、初めてのキスを交わす。2人は大晦日の日、商店街のクリスマスツリーの前で待
ち合わせる約束をする。チュンサンはこのデートに向う途中交通事故に出会う。しかし、
ユジンはその事を知らずクリスマスツリーの前でいつまでもチュンサンを待ち続ける・・・
・・・」
  というものだった。
  これだけで 2人はグッと来た。何十年か前の2人の姿にオーバーラップしたのである。
2人はすっかり「冬のソナタ」にはまってしまった。
  修三は、翌日、会社の役員研修でインドへ出かけると言うのにその後の展開が気にな
って、残り3話から10話まで早送りをしながら夜更けまで一気に見てしまった。
  妻の須賀子も翌日には残り4巻(3話から10話)全部見てしまった。後半のの5巻
(11話から20話)も修三の不在の間、ビデオ屋通いをして最後まで見てしまったと言う。
  インドから帰った修三が早速ビデオ屋通いをして残りを一気に見てしまった事は言う
までもない。2人共、見始めると最後まで見ないと気が済まない性質であった。
 「冬のソナタ」は丸木社長の言うように本当に面白いドラマであった。父親探しの謎解き
と初恋の行方がきめ細かく描かれていた。その上女優のチェ・ジウの色白で清潔なとこ
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ろが修三の好みでもあった。2人「冬のソナタ」を見ている間ストレスを忘れていた。
  2人はその後途中からではあったが、「チャングムの誓い」のテレビ放送も見た。
  これは朝鮮王朝時代に実在した医女の話で、幾多の苦難を乗り越え、王様の主治医
になるまでの半生を、フィクションを織り交ぜて描いたドラマである。
  修三は「チャングムの誓い」を全部見終わってこう思った。
  チャングムは権謀術策の世界で、自分の理想を貫くためありとあらゆる努力をする。ま
たそれを後方から支援する人々がいる。
  しかし、現実の職場ではそうは行かない、理想を言っても出る釘は打たれる。もぐらた
たきである。 ほとんどの人達は保身のため権力に迎合する。修三は自分の半生を振り
返りそう思った。
 (はっきり物を言わなければ、もう少しうまく生きられたかも知れない)
  そういう思いもするが、それは修三の本意ではない。
 (自分は間もなく、組織社会から離れるのだ・・・・・・)
  修三は自分に言い聞かせた。

  2人の病院通いから2年経った。
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  手術後須賀子の下肢の痒みや痛みは少なくなった。修三の股も今のところ再発する
気配はない 
  妻の須賀子は久し振りに海外旅行をしてみる気になった。ハワイ、台湾につぐ3度目
の海外旅行である。
 須賀子は修三の姉澄子を誘った。食道ガンに罹っていた澄子の旦那の大月俊夫は修
三夫婦が旭川に見舞いに行った9ヵ月後に亡くなっていた。
  姉澄子は今年の2月に旦那の3回忌法要を済ませ、こちらもどうやら海外旅行をする
気になったらしい。
  2人は今年(平成18年)4月21日から1週間、オーストラリアへ出かけてきた。

 「途中雨に当たった日もあったが、心配していた足が吊らなくて良かったわ」
  旅行から帰った妻の須賀子は満足気に語った。


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第4話 もぐらたたき その4 ★★★★
























































 












































































      

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