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れない。噂が消えるまで、修三は町の中をうつむいて歩いた。

  1月28日、修三がメモリー形成外科の大きな手術室に入ると、手術台が5台並んで
おり、すでに2人の手術が進行中であった。
  さっそく修三の手術が始まる。前回同様、麻酔注射を患部の周囲に射していく。
 「痛くないですか?痛かったら言って下さいね?」
  新藤先生と看護婦は時々、患者の不安を取り除きながら進める。気の弱い修三の気
持ちを察していたのかも知れない。手術は小1時間かかって終了した。
  そら豆形のバットに取り出された患部は、落花生大の赤い魚の浮き袋のような物で中
は空洞だった。電気メスのせいか肉も血も付いていない、見事なメス捌きである。
 「あれ、先生、中身が無い?中身は脂肪の塊ではないのですか?」
 「中身は汗が濃縮した物です」
 (どおりで前に切開した時臭かったはずだ)
  修三は自分の思い込みを反省した。
  数週間して傷口の腫れが引いてきた頃、新藤先生は修三の患部を覗きかつ手のひら
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でつるりと撫でながら、
 「きれいになっているわ」
  自分の作品をしげしげと見つめ、その出来映えにご満悦の様子だった。
 「これでもう通わなくても結構です。ただし脇に小さなしこりがまだありますので、いずれ
また再発するかも知れません」
  修三はその予告をよく聞いていなかった。
 (こんなきれいな、そしてさわやかな先生ともう会えないのか?)
  そう思うと修三は寂しかった。修三はいつしか病院に通うのが楽しみになっていたので
ある。

  それから2年経った平成16(2004)年6月4日修三は満60歳の誕生日を迎えた。そ
れからが悪かった。      
  人生の一区切りが来たと思ったら自宅のボイラー、換気扇、トイレが次から次へと壊れ
てきたのである。
  機械だけなら良いが人間も壊れてきたのである。妻の須賀子は以前から下肢に静脈
が浮き出ていた。しかし、見た目に悪いだけで生活には何も支障がなかった。
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  ところが前年あたりから真夏でも下肢の冷感を訴えるようになり、最近では痒みや足
の吊りが出てきた。
 「何でもない、何でもない」
  須賀子はそう言いながらも辛そうな顔をしていた。いくら我慢強い須賀子でもだんだ
ん我慢出来ない状況になり、少し前から近所の皮膚科へ通い始めていた。
  その先生の話によると、治療法としては、分厚いサポートパンストをはいて外から圧力
をかける方法があるが根本的なものではない。下肢の静脈を股の付け根から踝まで何
本か抜き取るとかなりの症状が消えるとの事である。生の血管を剥ぎ取るわけだから誰
が考えてもぞっとする話である。
  須賀子は、初めての手術に対する不安が大きかったが、
 (これを乗り越えればここ数年苦しんだ症状が消える)とこの手術に賭ける事にした。
  家庭の主婦としては日帰りの出来る方が良いと札幌駅センタークリニックで手術を受
ける事にした。
  須賀子の下肢静脈瘤は膝から下に広く出ていたため、複数本取らねばならず、一度
には出来ないので、6月23日、7月9日,7月28日と3回に分けて行う事にした。
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  手術後、須賀子は全身麻酔が覚めると、下肢が猛烈に痛いのを我慢してタクシーに
乗って帰って来た。気分も悪く数日の間安静にしているしかなかった。
  これが3回も続いたのである。
  この年の夏は例年になく特別暑かった。術後安静にしていても、背中の布団やソファ
ーが熱くてやりきれなかった。その上、治るまでずっと分厚いサポートパンストをはかさ
れていたから、暑さも並みのものでなかった。
  須賀子のストレスは極限に達していた。

  妻の身体の不調と前後して、修三にも下肢の不調が起きた。
  2年前の新藤先生の不気味な予告が現実のものとなったのである。もぐらがまた出て
来たのである。
  2年前手術した際、その脇にあった米粒大の小さなしこりがこの暑さのせいかなんとな
く痛痒くなってきた。そのため、
 (前回の轍は踏むまい、手術をしなくて済むよう化膿止めで収めたい)
  と修三はすぐさまメモリー形成外科へ駆けつけた。
  その日は新藤先生の診療日だったはずである。
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 「新藤先生に診てもらいたいのですが?」
 「?」
  受付の女性が怪訝な顔をする。少しの間躊躇してから修三に告げる。
 「新藤先生は札幌市立病院へ移られました」
 「それじゃ、札幌市立病院へ行ってみます」
  修三の答えに、受付の女性が何かを言いかけたが、修三は聞かずに病院を出た。
  電話で札幌市立病院に新藤先生の診察日を確かめ、数日後、修三は札幌市立病院
の受付で新藤先生を指名する。
 「紹介状はお持ちですか?」
 「ありません」
 「それじゃ、指名料が6,000円かかりますが、よろしいですか?」
 「いいですよ」
  紹介状もお金が取られるし無くてもお金を取られる、そんな病院のシステムに修三は
腹を立てながらも、一度診てもらった先生の方が話が早いと思った。
  紹介状も持たない、しかも緊急を要しない初診者の診察は順番が1番最後になる。修
三は約2時間程待たされてからようやく診てもらえる事になった。
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 憧れの新藤先生に2年ぶりに会えるのである。修三の胸はどきどきした。ところが久し
振りに見る新藤先生は忙しいのか疲れた、生気の無い顔をしていた。
  しかも修三の顔を見ても反応しない。看護婦の事前調査表を見て、ようやく自分の患
者だった事に気がついた。修三はがっかりしながら診察してもらい、抗生物質と化膿止
めの処方箋を書いてもらった。
  1週間経っても痛痒さは消えない。
 「どうも薬が効かない」
  修三は再び札幌市立病院へ行った。
  ところが新藤先生がいない。看護婦に聞くと、どうやら先生は北大病院へ戻ったらし
い。代わりに出てきた先生は、背が高く顔ものっぺりした浅黒い若い男で、名前は室田
と言った。
  室田先生は北大医学部形成外科の新藤先生の後輩のようである。室田先生は修三
の患部をおもむろに触診してから、
 「どうも少し脹れてきていますから、まず切開をしましょう、腫れが引いたら原因となって
いる汗腺を除去しましょう」
 室田先生はのっぺりとした顔とは裏腹に初めて獲物を前にしたライオンのように嬉しそ
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第4話 もぐらたたき その3 ★★★






























































































































































































































  

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