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デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー
 新藤先生は右手で前髪をさっとかき上げ涼しい顔でたずねる。修三はふと我に返つ
た。あわてて経過を話し、ベッドに横たわりズボンと股引を足首まで引き下げる。
  新藤先生は白魚のような細い指で患部を触って見てから、
 「汗腺にばい菌が入ったんですね、これは切らなきゃ、4、5日入院出来ますか?」
 「はい」
 「それでは病室で切開しましょう」
  案内された病室に入ると、ベッドがすでに緑の防水シートに覆われていた。修三は入
院患者用の浴衣に着替えさせられるが、高熱で寒気がし、下半身はすっぽんぽんで何
よりも落ち着かない。
 「北山さん、横になって」            
  修三がそのベッドに横たわると新藤先生に浴衣の下半身を捲し上げられる。高熱と緊
張で縮んだ醜い一物が先生と看護婦の前に晒される。
 「麻酔注射を打ちますね、少し痛いですよ」
 「はい・・・・・・」
  新藤先生は熱で蒸れた臭い股ぐらに顔を近づけて、脹れた患部の周り一面、浅いとこ
ろ、深いところと注射針を無数に打ち込む。
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  修三はその度に「痛て、痛て・・・・・・」と情けない声を上げる。
  新藤先生は数分待ってから修三に声をかける。
 「切りますよ」
  ぶちっ、という音とともに、鼻が曲がるような腐った臭いが部屋中に立ち込める。
  その時修三は(こんな美人にこんな臭いを嗅がして申し訳ない)と思った。穴があった
ら入りたい心境であった。
  傷口から大量に放出された膿みと血が修三のお尻まで伝い落ちてくる。看護婦さんが
手際よく身体とシートの汚れをふき取っていく。
  それから新藤先生は再び臭い股ぐらに顔を突っ込み、大きく開いた傷口を針糸でぷち
んぷちんと縫合していった。
  傷口は脹れて膨らんでいたため切り口も大きく9針も縫った。切開は小1時間で終っ
た。
  しかし、患部は切開したものの、1週間もかかって膨らんだ右股はかんたんには元に
戻らない。熱も下がらず頭もがんがんしてテレビを見る気も無く、須賀子が後から持っ
てきた携帯ラジオも聞く気にならなかった。
  隣のベッドでは背中の皮膚ガンを今日手術したばかりのお兄さんがうつぶせになって
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四六時中呻き声を上げている。修三はうるさくてまんじりともせず一夜を過ごした。
  翌31日の午後、妻の須賀子がなかなか病院へやって来ない。
 「今まで雪が降らなくて良い按配だと思ったら、どっさり降ってさ、除雪に今までかかっ
たさ」
  妻の須賀子が珍しく汗をかきかやって来た。外も見ていない、天気予報も見ていない
修三は久し振りの大雪にも気がつかなかった。須賀子が1日遅れで入院の手続きをす
る。病名は右股汗腺症粉瘤とある。
  そして夜がやってきた。修三としては生まれて初めて家族から離れて過ごす年越しで
ある。病院に残っている入院患者は形成外科だけあって怪我や火傷の重症患者ばかり
であった。
  午後5時頃、年越しのご馳走が振舞われる。茶碗蒸し、天ぷら、お寿司などがプラス
チックの黒いお皿に盛られている。しかし、どれも早くに作ったものらしく、冷たいか乾燥
していてまずい事おびただしい。
  食後、修三は欲求不満のままテレビを見ていたが、午後9時には室内の電気が消さ
れた。 やむなく暗闇の中でイヤホーンをつけ携帯ラジオを聴く。何十年振りにラジオで聞
くNHKの紅白歌合戦であった。
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 「演歌に久々の大型新人が登場しました。氷川きよしさん、『箱根八里の半次郎』です」
 「ヤダねったらヤダね、ヤダねったらヤダね・・・・・・」
  氷川きよしの威勢の良い歌声が続いた。
  修三はこれほど寂しい年末を過ごした事はなかった。
  平成13(2001)年は公私ともにさんざんな1年であった。

  しかし、外科は日薬という、修三は日を追うごとに元気を快復し、3日後には退院し
た。ようやく脹れが引いてきた1月16日、新藤先生か傷を見る。
 「北山さん、もう少ししたら元凶となった汗腺を取り除く手術をします。仕事に差し支えな
ければ1月28日はいかがですか?」
 「これで終わりではないのですか?」
  再び痛い思いをしたくない修三は聞く。
 「汗腺が残っているうちはまた再発しますよ、それにこの隣にまだ米粒大の予備軍が
控えていますから」
  斉藤先生はニコリともせず答える。

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  修三が手術をするのは小学校5年の盲腸炎以来46年振りである。ふとその時の事を
思い出した。
  修三がその頃住んでいた鴻之舞鉱山には会社が経営する総合病院しかなかった。手
術は全身麻酔で脊髄に太い注射器で麻酔が打たれる。医者が麻酔が効いた頃合を見
計らって修三の痩せたわき腹を思い切りつねるが、神経質な性格のせいか、緊張のあま
りか、麻酔が効かない。
 「痛いっ」
 「効かない?それじゃもう少し薬を追加するか?」
  先生はもう1回注射を打ち、再びわき腹をつねる。
 「痛いよう」
  修三は泣きき叫ぶが、医者は子供にこれ以上の麻酔は危険だと無残にも手術に取り
掛かる。
 ざりっ、という音とともに修三のお腹にメスが入る。
 「ぐぐぐっ」
  あまりの痛さに修三の目から涙が流れる。
 (時代劇で見る切腹はこれほど痛いんだ) 
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  修三の脳裏に侍が切腹する時の凄い形相が浮かぶ。
  医者は次に盲腸を取り上げ鋏で切断するが、これまた身体が反り返るほどの痛さであ
る。ようやく痛みを感じなくなってきたのは、最後のお腹の皮を縫合する頃である。針を通
し、糸を縛り、余りの糸を切る。ちくっ、ぐいっ、ぷつん、という音がリズムカルに聞こえてく
る。
  付き添ってくれた長男の金夫の話によると、病院のメスがよく切れなかったそうであ
る。麻酔が効かずメスも切れない状況は、幼い修三にとって災難だったが、術後の経過
はいたって順調で、痛む事もなく、同日同じ盲腸炎の手術をした隣の大人の呻き声をに
こにこと聞いていた。
  1週間振りに学校へ行ってみると、たいへんな噂が学校中に広まっていた。
 「北山修三は盲腸の手術で若い看護婦にちんぽの毛を剃られたが、その時ちんぽが
立ったそうだ」
  それを遠回しに聞かされ、修三は顔が赤くなった。
 「事実はそうかも知れないが、みんなに触れ回らなくても良いのに・・・・・・」
  修三は情けなかった。
  鴻之舞鉱山は狭い街である。師弟の姉が病院に看護婦として勤務していたのかも知
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第4話 もぐらたたき その2 ★★










          






































































































       

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