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忘れえぬ猫たち

デジカメ千夜一夜

かんたん酒の肴

おじさんの料理日記

喜劇「猫じゃら行進曲」



小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

 (これが噂に聞く中国流食事の作法か?)
  修三はそう思ったが、中国本土の一流店では見かけない風景である。
  隣の家族が帰ると店員はテーブルにかけてあった透明なビニールをくるくると巻き上
げひょいと店裏へ片付けた。
 (なるほど、これは合理的だ。テーブルを拭く必要もない)
  自分たちのテーブルを見るとやはり透明なビニールがかかっていた。皿やお椀は発泡
スチロールで出来ていて、さらにその上にビニール袋がかぶせてある。
 (食器も洗う必要がないか?合理的だな、汚い食堂より清潔で良いか?)
  と2人は納得した。
  持ち込んだ魚類で作ってくれたのは「そい?」の刺身と味噌汁、うちわ海老の塩焼き、
蒸したわたり蟹である。これに白いご飯が付く。
  どれもなかなか美味しかったが、暑さにやられた須賀子の食は細かった。ガイドの陳
さんは昨日までの秦さんと違い、遠慮なくばくばくと美味しそうに食べていた。
  この後、老舗の有名なホテル圓山飯店を見学したが、その日は2人とも暑さにバテて
ていたので、早めにホテルへ返してもらった。
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  こうして陳さんとの1日は終った。

  2人はホテルの冷房に2時間ほどあたり少し息を吹き返すが、夕方になっても食欲が
出ない。
  今日はパックツアーの延長日なので、夕食がセットされていない。修三1人でホテル
内のレストランを探索するが、高級中華料理ばかりで、修三の嗅覚に引っかかる店がな
かった。
  やむなく街に出て自分で探そうと持参した旅行ガイドブックを見る。そこに「山西刀削
緬店」が載っていた。本来は中国本土の内陸の山西省のうどんだが、山西省出身者が
台北に店を出したらしい。うどんは須賀子の大好物である。ベッドに横になっている須賀
子にガイドブックの写真を見せる。
 「うどんなら食べられるか?」
 「いいよ」 
  須賀子は意を決して腰を上げる。
  2人はホテルからタクシーに乗り、旅行ガイドブックを見せて連れて行ってもらう。10分
もしないうちに車が止まる。2人はどうも運転手が「この辺だ」と言っているような気がして
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そそくさと車を下りる。
  しかし、辺りをきょろきょろしてもガイドブックの写真にある山西刀削緬店の大きな看板
が見えない。
  その時カバンを提げた日本のビジネスマンが通りかかったので修三は思わず、ガイド
ブックを見せながら、
 「すみません、この店はどこにありますか?」と尋ねた。
  しかし、返事は「アイ・ドント・ノウ」と流暢な英語だった。どうやら台湾人らしい。
  小学生くらいの娘を連れたお母さんが一部始終を見ていたらしく、親切にも寄って来
た。お上りの日本人を見るに見かねての事であろう。ガイドブックの地図を覗き込んで、
その店が分かったらしく、
 (ついてらっしゃい、案内するわ)という素振りをした。
  2人が後をついて横断歩道を渡ると、そこには「山西刀削緬店」という大きな看板があ
るではないか? 先ほどのタクシーの運転手は料金の安い道路の反対側に2人を下ろし
たのであった。
  2人は「謝、謝(シェイ、シェイ)」、「ありがとう」、「サンキュウ」と思いつくままに知って
いる言葉を連発し、お礼を言って別れた。
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  その店はビル街の影にあった。ビル街を左に曲がると飲み屋が数軒ある、そんな感じ
である。勤め帰りに1杯引っ掛けて小腹が空いたら食べて行くというお店である。
  ガラス張りの間口は三間、奥行きも三間くらいはあろうかというお店で、その店の前で
はランニングシャツ姿の店主が汗をかきかきスープを煮ている。
  店の中では太ったお上さんが白いホーローのバットに具を並べている。時間が早い
せいかお客はまだ来ていない。
  2人は壁に張ってある漢字だらけのメニューから牛肉入り刀削緬を選ぶ。
  お上さんは店の奥の息子らしき若い男に声をかける。 するとその男は左肩にうどんの
生地の塊を担ぎ、店の前の大鍋に向う。息子は定位置に立ち、右手の大きな包丁でうど
んの生地を「すっ」「すっ」と削いでいく。
  削がれたうどんは1m先の煮立った大鍋にするすると入っていく。まるで軽業を見てい
るようだった。
 「店の前を通る人に見せるために、外でやっているんだ」 
  感心する修三の言葉に須賀子がうなずく。
  程なくして出てきた牛肉入り刀削緬は名古屋のきしめんをもう少し幅広く厚く硬くした
感じで腰が強い。
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  具はスライスした牛肉と玉ねぎで、汁はトマトスープ味である。なるほど西域の緬で
ある。緬がパスタに変わってもおかしくない。
  日本の麺とは似ても似つかないが、暑さと食べ過ぎのお腹には酸味があって心地良
い味だった。
  うどんが大好きな二人にとって、ある意味で旅行中で1番のご馳走だったかもしれな
い。

  いよいよ帰国する日がやってきた。
 「胡蝶蘭は輸出許可が降りて無事に届くだろうか?」
  修三は何度も心配した。お金はすでに1万円ほど払ってある。
  飛行場に着くとガイドの秦さんが胡蝶蘭を受け取りにどこかへ出かける。秦さんは10
分ほどして胡蝶蘭の大きなダンボール箱をぶら下げて戻ってきた。
 「これで大丈夫です」 
  秦さんは段ボール箱に貼られた農業省のシールを見せて笑っている。
  2人は秦さんに心ばかりの謝礼を差し出し、これまでのお礼を言ってお別れする。
  修三は大きな段ボール箱をぶら下げて通関を通るが、心配した質問はない。そのまま
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機内へ持ち込む。
  初めて植物を機内に持ち込んだ気の弱い修三は関西空港に着くと、心配で脇の下に
汗をかいていた。しかし、入国時の植物検疫も税関も何事もなく通過した。 
 「没収されなかった」 
  修三は妻の顔を見て笑った。

  あれからすでに5年経った。
  苦労して台湾からぶら下げてきた紅い胡蝶蘭の株も北海道の気候に合わないのか
次々と病気にかかっていった。
  一つ消えまた一つ消えして残りは3鉢となった。まだその内の1鉢しか咲いていな
い。
  テレサ・テンも台湾の胡蝶蘭同様、異国ではうまく根付けられなかったのかもしれな
い、修三はそう思った。



 

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第3話 テレサ・テンの墓 その4 ★★★★
























































 

















































































      

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