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小説「眠れない猫」

ベトナム四十八景

デジカメ あしたのジョー

  須賀子とその母親に会って何と言うべきか考えがまとまらない。
  朝の6時、遠軽に近づくと雪の帽子を被った巌望岩が見えてきた。ここで修三は北見
滝之上線に乗り換える。紋別まではあと小1時間の距離であった。
  紋別駅から須賀子の自宅へ「北山修三ですがこれから伺います」と電話をかけ、高校
時代2人で歩いた線路沿いの道を逆方向に小走りに走った。
 「おはようございます。北山です」
  玄関で修三が声をかけると、母親の登志子が驚いて引き戸を開ける。
  修三が中に入ると、居間には須賀子が困惑した顔で座っていた。
  2年6ヶ月振りに見る彼女は前よりずっと痩せていた。須賀子は何事が始まるのか予
想も付かず、修三の一挙一投足を見守っていた。
 「どうか須賀子さんをお嫁にください」
  修三は自分でも驚いたが、この一言がその後周囲の人々に大きな波紋を投げかける
事になるとは思っても見なかった。
  登志子はため息をついて頷いた。
 結婚式が迫るに連れやつれて行く娘を見て、不憫と感じていたのかもしれない、ある
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いは須賀子の友達で自宅に出入りしていた、相田美智子に何かを聞いていたのかもし
れない。
  間もなく、修三の訪問を聴きつけたのか、父親の次夫の葬式の時2人の仲を引き裂い
た中河のおじさんがやって来た。中河のおじさんは登志子に頼まれ今度の縁談に人肌
脱いだようである。
 「北山君、話は分かった。それは須賀子への同情だけで言ってるんではないな?」
 「はい」
 「・・・・・・」
  中河のおじさんは腕組みをしながらしばらく宙を見ていた。
 「そうしたら、結婚はなるべく早くした方が良いな」
  中河のおじさんは、縁談が進行中の相手への配慮もあり、また須賀子の地元での立
場も考えて、須賀子を早く紋別から札幌へ出してしまおうという魂胆だった。
  だが、修三は驚いた。修三は両親にも、今の職場にも、誰にも話していない。今日こ
こに来ている事も知らせていない。それをなるべく早く、出来れば1ヵ月以内に結婚しろ
と言うのだ。
 「・・・・・・そうします」
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  修三は話の成り行き上、そう答えるしかなかった。
 (みんなびっくりするだろうが、こうなったら1ヵ月以内に結婚するしかない)
  修三は覚悟した。 
  日曜日に札幌の自宅に戻った修三は観念して母トメにすべてを打ち明けた。
 「何か変だと思ったよ、それにしても1ヵ月後に結婚式かい?」
  母トメは寂しそうな顔をして笑った。
  北山家ではただ一人の大学出の息子を取られるかもしれないという思いと、手元に蓄
えが無いのも気にかかっていたのかも知れない。しかし、息子は言い出したら人の言う
事を聞かないという事も知っていた。
  翌日からが大変だった。修三は兄弟・姉妹、農業資材課と総務課の上司・同僚、同
期生などへの説明と了解に追われた。
  こうして他人様に大きな不義理と迷惑をかけて、昭和43(1968)年4月28日、2人
は結婚した。

  その相手が隣に眠っている。
 結婚して38年、お互いに歳を取った。須賀子の碧の黒髪も白髪になり、ふくよかだっ
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た身体付きも今や痩せて43キロしかない。
  修三もふさふさしていた頭髪も薄くなり前方から後退して来ている。体型も頭でっかち
のモヤシから腹の出た蛙になっている。

  それ以来、いろいろな事があった。
  結婚して1年後長女ミカが誕生、2年後に義母の登志子が紋別の下宿を畳んで札幌
の社宅に身を寄せた。
  すぐさま登志子は現在の西区に家を新築し、一家4人が移転した。修三はサザエさ
んの「ますおくん」のようになった。そして、間もなく次女のちふみが生まれた。
  気丈夫で男勝りの登志子も、18年前、間質性肺炎という難病にかかり、1年後に亡く
なった。
  義母登志子が亡くなった後、修三は苫小牧支店に転勤する事になったが、須賀子の
体調が悪くなってきたのはこの頃からである。
  義母登志子が死んで、長女ミカが結婚、夫の修三は単身赴任と、5人いた家族も、今
や須賀子と下の娘ちふみの2人だけになった。須賀子の身近に悩みを相談する人がい
なくなり、ストレスが溜まったのかも知れない。
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  修三が単身赴任をして3年目のある夜、須賀子は過呼吸症候群になり、トイレで倒
れ、救急病院に運ばれた事も あった。
  また、修三が今の会社に再就職して2年過ぎた頃から、須賀子は不眠を訴えるように
なり、睡眠薬を常用するようになった。
 「須賀子、睡眠薬は習慣となるよ。毎晩飲むのは止めた方が良い。眠れなくても人間
は死 なない。寝不足になると必然的に眠くなる」
 「だって、眠れないと昼間が不快で・・・・・・」
  須賀子は納得しない。困った修三は妻に養命酒を勧める事にした。幸い須賀子は修
三に比べ酒が格別に弱い。付録の小さなおちょこ一杯で須賀子は十分眠くなる。それに
養命酒は昔から冷え性や食欲不振にも効果があるという。
  こうして修三はようやく須賀子を説得し、養命酒を飲ませるようにした。
  しかし、それでも寝付かれないときがあると見えて、ベッドでひっそりと寝返りを打つ
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事があった。かわいそうであった。

  修三は養命酒に加え、自分の経験から須賀子に深夜ラジオを聴かせる事にした。修
三が買ってやった新型の携帯ラジオを須賀子は気に入ったようだ。それ以来須賀子は
毎晩寝る時にラジオを聴いている。
 「あんた、今日のアナウンサーは入れ歯で聴き辛いね」
 「うん、そうだ今夜は午前3時から船村透特集があるよ」
  2人は毎晩午後11時前後就寝するが、ラジオ深夜便についての会話が始まる。
 「昨日はちあきなおみの『喝采』がかかっていた。いつ聴いてもうまいわね」
 「うん、あの人は天才だ」
  朝の出勤には須賀子が修三を札幌駅前の会社まで車で送る習慣だが、その道すが
らまた昨夜のラジオについての会話が弾む。今ではそんな日々が続いている。

  2人は不眠を恐れなくなった。
 「年老いたら、眠れないのが当たり前だ」と・・・・・・

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第1話 ラジオ深夜便 その4 ★★★★
























































 











































































          

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