近くの本屋で、刑部芳則著「古関裕而
流行作曲家と激動の昭和」(中公新書)を
見つけ、面白くて一気に読んでしまった。
古関は昭和5年コロンビアレコードに入
社するも、元来クラシック音楽志望の古関
が作る流行歌はいつまでたってもヒットしな
い。後輩の古賀政男に負けていた。
昭和12年、日本は日中戦争に突入して いった。コロンビアレコードは東京日日新
聞が募集した「進軍の歌」レコードを発売す
る事となった。
表面の第一席の歌詞「進軍の歌」は陸
|
|
軍学校軍楽隊で作曲済みで、裏面の第ニ
席「露営の歌」の作曲に古関をあてた。「勝
ってくるぞと勇ましく 誓って故郷を出たか
らにゃ・・・」である。
裏面の「露営の歌」、これが第一面の
「進軍の歌」の人気をはるかに超えたと言
う。皮肉な事にアジア・太平洋戦争が進む
につれ、流行歌づくりの天才が古賀政男か
ら古関に替わっていった、という。
第二次世界大戦後、古関は「鐘の鳴る
丘」「とんがり帽子」「フランチェスカの鐘」
「長崎の鐘」「高原列車は行く」「君の名は」
と次々にヒット曲を飛ばした。
オリンピック東京大会では、古賀の「東
京五輪音頭」も流行ったが、古関の「オリン
ピック・マーチ」ではクラシックの才能が光っ
た。
それはさておき、コロナウィルスで中断
しているNHKの朝ドラ「エール」の続きはい
つから始まるのか? (2020/08/12)
|