「誰かに見られている?」
神田大助は朝からそんな気がしてならなかった。神田は2年ぶりの猫じゃら小路
キャンドルナイトを今し方終え、その後片付けをしていた。祭りの事務局代表だから
みんなに見られるのは当然だが、もっと別な目が神田の動きを追っていたような気
がしてならない。
神田は何かすっきりしないまま、会場となった7丁目全体の最終点検を終え、ボラ
ンティアのみんなが待つ猫じゃら小路7丁目のちょん月食堂のドアを開ける。
一番最後の神田の入場を待ちかねたように猫じゃら小路商店街振興組合の立川
理事長が立ち上がる。
かくして2010年6月19日土曜日、第2回猫じゃら小路キャンドルナイトのご苦労
289
さん会が始まった。時計の針はすでに午後9時を回っていた。
立川理事長は手伝っていただいたボランティアの顔をひとりひとり見つめるように
ゆっくりと話し始める。
「みなさんたいへんご苦労様でした。この猫じゃら小路にはアーケードがあり、雨天
でも決行できます。この事が大きな話題となり、2年前の第1回目は予想以上に多く
のお客さんに来ていただく事が出来きました。しかしながら、昨年はご存知の通り新
型インフルエンザの流行で残念ながら中止せざるを得ませんでした。
今年は2年ぶりの開催でしたが、それにもかかわらずみなさんのご尽力で大盛況
のうちに終える事が出来ました。本当にありがとうございました。本席はいつもの通り
これと言った物はありませんがたくさん飲んで食べてお疲れを癒していただきたいと
思います。みなさん本日は本当にありがとうございました」
会場は大きな拍手に包まれた。ご苦労さん会の会場に指定されたちょん月食堂
のひちょり事、若旦那の佐藤銀之助は立川理事長の「これと言った物はありません
が」という一言が気になったが、店の隅っこで様子を見ている2代目の万之助爺さ
んは「そのとおり」と言わんばかりに笑顔で聞いていた。
この日の最高気温が28℃と暑く、その中で動き回ったボランティアの目はすでに
290
目の前で汗をかいているビール缶やジュース缶に向っており、立川理事長の挨拶が
終るなり缶の口を勝手に開けはじめる。
立ちっ放しで喉が渇いていた神田大助もコーラを口につけようとすると、いつの間
にか木枯猫じゃら工房社長が立ち上がっている。
「みなさん、それでは乾杯します。私はご存知猫じゃら工房の社長の木枯です。み
なさんのご健闘に感謝申し上げ、乾杯の音頭を取らせていただきます。用意はよろ
しいかな?それではみなさん乾杯!」
「乾杯!」「乾杯!」「ご苦労さん!」
狭い店内に若い人達の威勢の良い掛け声がこだまする。
冷たい飲み物を一口飲んでみんなが腰を下ろしたその時、神田の右に座っていた
金森支配人が神田の耳に口を近づけてささやく。
「ねえねえ、木枯社長の乾杯は神田さんが頼んだの?」
「立川理事長には挨拶を頼んだが、うちの社長には頼むわけないだろ?自作自演
だよ」
と神田は答えながらも、忙しくてそこまで頭が回らなかったというのが事実である。
「やはりねぇ、そうだと思った」
291
金森支配人はしたり顔でビールを一気に飲み干す。神田は立ち上がり今年も駆け
つけてくれた大学生、高校生、中学生に1人ずつ声をかけて歩く。
その中の1人鈴木由香が神田に質問する。
「神田さん、今年のキャンドルナイトで童謡を流したのは誰のアイデアですか?」
体格の良い私服姿の鈴木由香は隣の親友の三鉢麻耶よりずっと大人びていて、
とても同級生とは思えない。
「ああ由香さん、誰かと思う?・・・・・・実はうちのボスさ」
「木枯社長?うっそ、本当?」
由香は神田の答えに驚く。
「本人の風貌や言動とは似ても似つかわないわ」
と由香の言葉はきつい。
「そうよね」
隣の麻耶も同意する。
「それは言い過ぎよ、木枯社長は口は悪いけど本当はとても純情なのよ」
2人の向かいに座っている高木まり子が木枯社長をかばう。
「あはは、その通りです。昔から『気が小さい犬は吠える』ってよく言うでしょう?そ
292
![]() ![]() |
![]() |
|
|||||||||||