渥美清が「おもろい夫婦」の続編を断ったことから、1968年10月からのフジテレビ
の「男はつらいよ」が始まった。
脚本は山田洋次と森崎東が担当した。舞台はまだ葛飾柴又の帝釈天ではなかった。
しかし、「結構毛だらけ、猫灰だらけ・・・」などの歌い文句がスポンサーや家庭の主婦の
ひんしゅくを買い、視聴率は今一だった。山
田は半年後の最終回で、寅次郎がハブを
取りに行こうとして、逆にハブに噛まれ、毒
が回って死んだという結末にした。
これには視聴者の抗議が殺到し、脚本
家山田洋次は「罪滅ぼしの意味を含めて
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翌1969年に松竹で映画を製作した。これ
が予想に反し大ヒットとなり、「男はつらい
よ」のシリーズ化となったわけである。
山田洋次が全48作の原作・脚本を担
当し、第3作(森崎東)と第4作(小林俊一)
を除いて監督した。山田洋次監督は第5作
でシリーズを完結させる予定だったが、あ
まりの人気に松竹では打ち切りにできず、
その後も製作し続ける事となったという。
おじさんも第9作くらいまでは欠かさず
観ていたが、だんだん違和感を感ずるよ
うになってきた。世の中が変わってきても、
寅さんは相変わらずの天然バカで、演ず
る渥美清自身の風貌は年を取って行く。
このギャップに耐えられず、映画「男はつ
らいよ」をだんだん観なくなった。
当の渥美清はマンネリを防ぐべく、様々
なジャンルの作品にトライしていたようです
が、逆に寅さんのイメージがまとわりつき、
正当な評価をされなくなったのも事実です。
(2017/01/14)
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